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ハンドルネーム「アズラ」。
祖母からの学会3世。現在は、非活の40代主婦です。

10代は活動に打ち込むものの、八王子のS大学在学中、一般世間とのズレを感じ始める。
女子部時代は仕事に打ち込み幽霊状態。
婦人部となり、出産&退職後、我が子を思って活動したが、やはり違和感。
2013年の終わりに、地区婦人部長との会話がきっかけで、「違和感」が「不信」へ。
2014年2月、地区婦人部長の「20年30年後を楽しみにします。」というメールの一文で、覚醒へ。
ネットで様々な方の体験・経験を知り、「私だけじゃ無かった」と確信をもつ。
現在、非活として自分の半生を振り返り中。

自分の半生を振り返ると同時に、同じように悩んでいる方が何かを感じてもられえば、と思い、まとめました。
「人生は山あり谷あり」。「仏罰」などないのです。
誰にでも良いことは起こる。悪いことも起こる。悩みも出てくる。

冷静に考えれば、悩みの無い人なんて、いるのでしょうか?
壁に当たって宗教を求めることがあっても、それは個人の自由。
義務でもなく、人から強制されるものではないはずです。
私に創価の力は不要です。

2014年に感じたことを中心に、1~4のカテゴリでまとめました。
各記事の日付は時系列に並べたもので、実際に記事を書いた日付ではありません。
カテゴリ5.~は、2015年~に思ったことを綴っています。

【重要:コメントについて】
コメントは、承認制とさせて頂きます。
私と同じ考えの方(=創価という組織活動に反対意見を持つ方)のみ承認させて頂きます。
失礼ながら、創価万歳!という方、そういったコメントは、承認せず削除させて頂きます。
(創価の素晴らしさを語ったり、私に対して間違っている!と反論するコメント等)

私は、創価のおかげで幸福!という方は、周囲に迷惑をかけなければ良いと思っています。
宗教は自由なものと思うからです。
創価万歳の方に対し、反論して、やめなさい!とは言いません。
ですから、私に対しても、創価は正しい!と反論したり、説き伏せるようなコメントは拒否します。
私のブログのコメント欄は、同じ考えを持つ者同士が意見交換できれば、と思っています。

覚醒の確信をもつきっかけをくださった、「わだかまらない生き方(旧 don't trust ///)」の祥蘭さんに、心から感謝します。





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# by awake_2014 | 2018-12-31 23:59 | 0.はじめに

葬儀のことを考える

毎度のことですが、また1ヶ月以上あきました。
でも、やっぱり元気です。毎日平穏に過ごしております。
子供がちょっとケガした、という事ぐらいでしょうかね。
でも、予定よりも早く完治して通院終了となりましたし。
「守られたわぁ…」ではなく、子供の治癒力ってすごいな!です。

そんな中、ネットを見ていたら、こんなのを見つけまして。
創価学会は僧侶なし、香典なし 友人葬という先端〈AERA〉
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170804-00000065-sasahi-soci

なんか、学会員が書いた記事か?という程、友人葬を褒めてます。
お金かからない、みたいなこと書いてありますけど。
そりゃぁ~ねぇ~。死ぬ前にいっぱい払ってるんだもん。最後ぐらい、お食事代程度の導師で終わってくれないと。
書籍買って、人の分まで新聞買って、選挙で票集めて、広布基金出して。
だからですよ、って記事に書いてもらわないと誤解されますね。

記事では、学会員ではないけど友人葬したいと相談されたのでやって、300万の葬儀代が80万ですんだと喜んでもらえて、学会の理解を深めてもらってる、という内容もあるのですが。

いやぁ…もう、その人はターゲットですよね。今は葬式も広宣流布ツール…。
今度座談会に来てね、から始まって。逃げられないですよね、お安く友人葬やってもらっちゃってるし。新聞入れられて、選挙の度に電話がきて…。
っていうか、安くあがって喜んでるわけで、それが学会の理解なのかしら、ですけど。
確かに、一般的なお坊さんだと、結構な額を包んだり、戒名つけるのにいくらとか。戒名でも、こういう漢字が入ると高い、とか。なんじゃそら、というお金が出ていきますからね。

私もそれはどうなんだ?という気がします。戒名ないと成仏しないですか?みたいなね。
いくら立派な葬儀をしても、ものすごい漢字使った戒名でも、豪華なお墓を建てても…いつまでも故人を思う人がいないんじゃさ…。お墓立派でも墓参りされないんじゃさ…。そう思います。
我が家は、私も主人も父が他界してますが、家族で夕飯食べながら、じーじはこんなだったよね~、なんて、頻繁に話題に出てきます。それが一番の供養だと思ってるので。


私の父も、やはり友人葬でした。
生前、新たに墓を建てたら「妙法」って刻みたい、と言ってた人ですから。
熱心な活動家ではなかったけれど、人生のピンチを救ってくれた、と言ってましたのでね。若い頃ギャンブルとか投資で失敗して、そこから立ち直ったのはこのおかげ、って。

まあ、実家周辺の学会員さんが大勢来て頂きまして。一緒に読経してくれまして。
それは娘として感謝でした。
でも、いっぱいいっぱいだった葬儀を終えてしばらくしてから…。
何だかよく分からん人が、最後に父の骨を拾ってたのが、何だかね…。
私としては、え~、火葬場までこんなに来る?って感じだったんです。
私が子供の頃からお世話になった方とかならまだしも、結婚してから実家を離れて数年。そんなに親しい方なんかしら…っていう。
なんかこう…同志ですから!みたいな空気を感じたんです…。


偶然、この記事の少し前に、母とメールをやりとりしている時、色々な話しの流れで葬式の話題になりまして。
正直に母に伝えたんです。
今さらだけど、お父さんの葬儀で、私の知らない人が大勢、お父さんの骨を拾っていたのが、何か違和感があった。親族と長年の知り合いなら分かるけど、何か…って思った。
そして、
お母さんは、いつか自分の葬儀をする時、大勢の人が来てくれた方がいい?家族葬みたいにこじんまりの方がいい?
って聞いてみたんです。そしたら
私は家族葬でいいよ。今は簡素化が流行だし、こっちの親戚もみんな年取って動けなかったり亡くなったりだし、そっち(私の嫁ぎ先)の親族は関わりがないし。○○さんのように、亡くなった後に手紙で知らせてもらえればいいなぁ、と。来てもらっても気を遣うだけだから。お香典もお返しもなし。もちろん坊主はお断り。学会以外の葬儀屋は、あちこち追加してお金を取るからね。等々。
…と最後は婦人部モードでしたが(笑)
母の本音を伝えてもらって、良かったな、と。

こういう話って、元気なうちじゃないと出来ませんからね。
寝たきりになってから話せないし。本人が、こーしてくれ、っていうならいいけど。

私の嫁いだ今の家では、お墓を近くにお引っ越しさせる話が出てまして。
そういうのをきっかけに、いざとなったらどうするのか、っていうことを、色々聞いておくのって大事だよな、と思いました。
結婚式みたいに、事前にじっくり準備できませんからね、ホントに。
お盆を迎えるにあたって、そういう会話をするのもいいかなぁと思いました。

自然災害が猛威を振るっています。夏の暑さも危険レベル。
どうぞ皆様、お身体ご自愛くださいませ。




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# by awake_2014 | 2017-08-09 00:00 | 7.その後(2017年) | Comments(0)