4-3.母との関係・2

覚醒した2014年の春、主人とちょっとした喧嘩をしました。子供のことです。どこの家でもあることかと思います。
何気なく母に、こんなことで喧嘩したんだ~、と気軽にメールをしました。すると、

「椅子に座って落ち着いて題目を気の済むまであげてみて、いい解決策が見つかるように私も祈ります。」

というメールがきました。正直、げんなりでした。
「こうしてみたら?」という母の意見ではありません。祈りなさい、なのです。
思い出せば子供の頃もそうでした。
「お題目あげてるからね」
よく言われた言葉です。「お母さんがいるからね」ではありませんでした。

げんなりした後には、怒りがこみあげてきました。
母は何かにつけ、祈れば解決する、と私に言いますが、あなた自身はどうなの?と。
親不孝者だと思いましたが、私はメールに思いをぶつけました。

祈っていけば叶わないことはないというけれど、何でお母さんは毎日必死に祈って、必死に活動しているのに、家の手続きでミスが出て困ったとか、体の調子が悪くて良くならないと言うの?
ある日は、新聞にこういう指導がのっていたから頑張らなくてはと前向きなことがありながら、その翌日には「めまいで色んな検査をした。耳鼻科、脳外科、心臓、眼科もメガネも。それでも原因が分からず心療内科を紹介されて通ったけど、毎回話して薬が出るだけ。」と弱気な言葉。
信心をしても、悩んで、乗り越えて、また悩んで、解決しなくて。
信心強情過ぎて、願いが叶わないと祈りが足りないと自分を責めて、大らかに考える心を失っていませんか?
誰にだって困った事も起きるし、病気になる人もいる。誰にでも山も谷もある。
時に時間が解決してくれることもあるし、自分の気の持ちようで改善されることもある。
等々。

すると、

「全くもって情けない。惨め。やる気無し、思考力無し。馬鹿みたい。今の私。」

というメールがきました。
親不孝な娘かも知れませんが、親子だからこそ、思うことを伝えなくては、という思いもありました。
そして、冷静に返信をしました。

「お母さん自身が確信を持って信心をしているのなら、まさに「祈る」べきなのでは?全てが良い方向に向かう信心ではなかったの?」
「パパにもよく言われます。「お母さんは、家の事とか、いつも悩んで考えすぎて、眠れなくて体調悪いって言ってるみたいだけど、創価学会の信仰をしてるのに、何でいつも悩んでるの?祈って解決しないの?祈りが足りないの?」私は、何も言い返せません。」
「天気もいいので、気分転換に外に出て、好きなところに行ったり、美味しいものを食べて、リセットしてはどうでしょうか?私はそれだけで、十分気持ちがリセットできます。よし、気持ち入れ替えて頑張るか!と思えます。部屋にこもって祈って祈って…ばかりより、心身共に健全だと思います。」

70歳を超えて、体のどこも悪くない!という人、ごく僅かではないでしょうか?
どこか悪くなると、眠れなくなるほど考え込んで、祈って祈って…。
それでも治らず、さらに悩んで、祈って…。

70過ぎたんだから、痛いところも出てくるわ!
天気もいいし、ウォーキングして、美味しい物食べて、たっぷり寝てみよう!
…って思えないのかしら。その方が、体調良くなる気がします。

多少の矛盾を感じていながらも、母はこのループから抜け出せないと思います。
生活に密着し、父が他界した後、一人で暮らす母から、創価という組織をとったら、残る物が微々たるモノだから、です。
近所づきあいにせよ、全て創価組織が中心なのですから。




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by awake_2014 | 2014-12-18 00:00 | 4.家族、友人 | Comments(0)