カテゴリ:2.覚醒へ( 5 )

そうして2014年2月。
大雪が降ったあと、娘と家の前で遊んでいると、地区婦人部長がやってきました。財務の領収証を渡すためです。

財務等、私は納得しない点が多く、やめたい気持ちですが、信仰心のあった父は、それなりの遺産を母に残して他界。私は遺産相続を放棄して、母一人が遺産を受け取りました。相続税対策でもあり、一人残った高齢の母が暮らすための遺産であれば、と思ったからです。

そういった事情もあり、母は、私のお小遣いとして、さらに、娘の教育費用の補助に、と、時折現金をくれます。(納税が必要ない小遣い程度です。)それには、働いていない私が、新聞を購読したりするための費用、も含まれています。
なので、私は新聞購読を続け、財務も最低限の1口(1万円)を続けてきました。

話を戻します。
地区婦人部長がやってきて、領収証を渡すと「仕事はどう?」と聞いてきました。「まあ、何とかやってます」素っ気なく答えると、またも矢継ぎ早に質問です。

私の母に問題があるのか。
仕送りの必要があるのか。
主人が仕事をしろと言ったのか。
主人との仲が良くなくなってきているのか…。

次々と出てくる言葉に、耳を疑いました。

私は地区婦人部長に、そんなこと、一言も話したことは無いのです。母のことも、主人のことも。
先ほど書いた通り、母は父の遺産があり、働かずとも普通に暮らせるお金があります。私に小遣いを渡す余裕もあるのです。主人は働けなどと言いません。仲も良好です。

私が何も相談していないにも関わらず、「仕事を始めた」というそれだけで、勝手な想像をして、勝手に人の家庭の内情を詮索しているのです。しかも、事実とは真逆の質問を投げかけて。
子供がいたので「そんなことはありませんよ」と言って、子供に「お昼御飯食べようね」と、その場を終えました。
しかし、年末同様、私はイライラしていました。いえ、同様ではなく、年末以上です。

私は、またもメールを送りました。



私からは、このような内容を送りました。

=====
私の母に問題があるのか、仕送りの必要があるのか、主人が仕事をしろと言ったのか、主人との仲が良くなくなってきているのか、等々、色々と聞かれたが、そのようなことはないし、そこまで聞かれるのかと驚いた。

母は父の遺産で暮らし、主人は働けとも言わない。どうして仕事をしたいのか細かく説明しなくてはいけないのか?

地区婦人部長は心配したことを口にしただけかもしれないが、一個人の家庭内事情を探るような話で、失礼と感じるし、勝手に心配されるのは余計なお世話と感じる。
同志の悩みを…と勇んでいるようだが、家庭の内情を詮索するような発言は控えるべきではないか。
=====

すると、このような内容の返答がきました。

=====
明らかに組織から離れて行ってる。
詮索してるつもりはない。実家が同じだから、同苦できるかと思った。
家庭内に口を挟むつもりはない。
ただ、去年のメールに、学会宣言しない、等があったので気になった。
勤行、新聞拝読してるからいい、それでは地涌の菩薩ではない。
やれる人だけやればいいって、違うのではないか。
=====

「明らかに組織から離れて行ってる」から始まりました。

私は、他人の家庭を詮索するような会話はやめたほうがいいのでは?と伝えたのです。
またも、バリ活婦人部の、自己主張の押しつけ、問題のすり替え、です。組織から離れているから、そんなふうに思ってしまうのよ、と。

「組織から離れちゃいけない」
よく創価の人が言います。「それはあなたのため」とも。
本当にそうでしょうか?
活動する仲間が減る、選挙で動ける人が減る、財務を出す人が減る…なのでは?

自分たちの事が正しいと信じるならば、離れたいなら離れればいい、また戻ってきたくなれば受け入れるよ、でいいのに。

私も返信しました。

=====
詮索しているつもりはない、と言うが仕事をすると言っただけで、「仕送りの必要があるのか」「主人が仕事をしろと言ったのか」と聞かれたことがない。
私が逆の立場でも、そこまで踏み込まない。
口を挟むつもりがないのに、このような発言をするのはなぜか?
何かあれば話してね、で十分だし、相談したければする。
学会宣言をしないといけない、活動をしないといけない、挑戦しないといけない、とあらゆる事を強制されるのが創価学会なのか?全て義務なのか?
そこまでして活動する気持ちはない。
=====

年末にも私の考えは伝えているのです。
「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」と。

すると、今度はこういった内容の返事がきました。

=====
「仕送りの必要があるのか」は私の体験上のこと。
「主人が仕事をしろと言ったのか」は聞いた覚えがない。
友達に仕事を始めると聞いたら、何かあったと思うのは普通では?
聞けないのは関心がないからか浅い友達か。
学会は、その方の家庭の状況を知らないと、元凶が分からないから聞く。
信仰は我慢してやっていくものではないと思う。
我慢や強制と思ってるうちは、何を語ってもお互い嫌な思いするだけ。
御本尊様あるのだから、全部ぶちまけて。
=====

「「仕送りの必要があるのか」は私の体験上」。
自分の経験を人に押しつけないで頂きたい。普通に暮らせるお金はあるのです。

「「主人が仕事をしろと言ったのか」は聞いた覚えがない。」
これには驚きでした。
私は、はっきり言われたのです。目の前で。「ご主人が仕事をしろってアズラさんに言ったの?」と。
主人が言ってもないことを勝手に想像して聞くから、私は頭にきたのです。

友達が仕事をすると聞いて、「何かあった」と私は思わないのですが。
しかも、地区婦人部長にとって、この「何か」は、良いことではありません。悪いことなのです。
仕事をする=知識を身につけたいから。社会に貢献したいから。人脈を広げたいから。
そういった仕事に対する良いことなど、バリ活の頭にはないのです。
仕事をする=経済的に厳しい。親が経済苦。主人が働くように言った。バリ活の頭の中は、仕事=お金のためにやらなければいけないこと、活動の邪魔モノ、なのです。
だからこそ、私が仕事をするつもりだと、年末に初めて言った時、
「働く時間あるなら、活動しなよっ!」「働くのって、逃げだよね」と立て続けに私に言ったのでしょう。

ママ友が「今度パート始めるの」とだけ言って、「仕送りが必要なの?」「ご主人が働けって言うの?」と、いきなり聞く人がいるでしょうか?私は聞きませんが。
よほど裕福なら別ですが、子供がいてこれからさらにお金がかかるとなれば、少しでも収入を増やそうと思うのは普通のことです。自分のお小遣いは自分で働いて稼ぐ、というのも、理解できる話です。

また、親しい友人であるならば、その人の環境も多少なりとも知っています。マイホームを購入した、とか、子供が3人いて、みんな習いごとをしている、とか。そういった状況を知っていれば「色々かかるもんね~」で、お互いにわかり合えるものではないでしょうか。友人から「母に仕送りが必要なの」等、悩みを打ち明けられるなら別ですが。
色々人によって考えは違うかと思いますが、私はこう思っています。

「学会は、その方の家庭の状況を知らないと、元凶が分からないから聞く」
「学会は」とありますが、私は他の人からそのような家庭の踏み込んだ話をされたことがありません。この地区婦人部長以外は、人並みの常識があるのでしょう。自分の行う非礼を「学会は」と書いています。いつからそんな組織になったのでしょうか?

このメールの返信を見て、怒りがこみ上げました。
もうこの人にはかかわりたくない。そう思ったものの、この点だけは伝えよう、とメールを送りました。

=====
「ご主人が仕事をしろってアズラさんに言ったの?」確かに聞かれました。言った方は忘れてしまうものなんですね。

子供が居る者同士であれば、短時間のパートをするといえば、それ以上、あまり聞きません。何かと出費が重なるのが分かっているからです。ご自身の状況では、理解できないのかもしれませんが。それ以上は、必要があれば、自らが話すことです。
浅い関係なら聞きませんし、親しい人なら互いを分かり合っているから聞きません。

私は家庭の状況を多くの人に話すつもりはありません。
(略)
おっしゃる通り、我慢、強制と思う部分が多々あるので、これ以上話してもさらに嫌な思いをすることになると思います。失礼します。
=====

すると、最後にこんなメールが返ってきました。

=====
長く語れて良かったです。
これから20年30年後を楽しみにします。ありがとう。
懲りずにまた連絡はするけど。
====

何という上から目線!
「20年30年後を楽しみにします」
これは、学会がよく言う「最後に勝利すればよい」ということの現れでしょう。

創価学会は、自分たちに背くものに対しては、ほったらかしです。いえ、ほったらかすのではなく、敵となるのです。
宗門問題の時「打倒!極悪日顕!」と散々わめいた組織です。(今でも、ですね)
退転した人に不幸な出来事が起こると、それ見た事か!と、話に花が咲くのです。

何か問題があれば、今乗り越えるのが使命だと言われ、
良い結果が出れば、祈りきったからだ、これからも!と言われ、
悪い結果が出れば、まだまだ祈りが足りないのだと言われ。
特に祈ってないといえば、母が祈ってくれているからだ、と言われ。

逃げ出せないループ。ある意味立派なモノです。

それにしても、自ら「懲りずに連絡する」って…。
「懲りずに」というのは、「失敗しても反省、学習しない」という意味なんですけど。
ご存じでおっしゃってるんでしょうかね…。

どこにもぶつけられない不信感、怒り…。
私はネットで色々と検索してみました。
すると、同じように、創価という組織に疑問をもつ多くの人がいることを知りました。






[PR]
by awake_2014 | 2014-12-10 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(6)

2-4.覚醒へ、ヤング卒業

思いをぶちまけたことで、私の心は少し落ち着き、すがすがしく2014年の新年を迎えました。

娘の3学期が始まって登園し、主人と二人の時間がもてるようになって、外で食事をしながら、秋~年末の出来事を話しました。
主人は一通り聞いてくれて「ガンガンやりたい人はやればいい。宗教は人に強制するもんじゃない。アズラは、自分が思うようにやれば、それでいいんじゃないか」と言ってくれました。

少し落ち着いたものの、また1月もヤングの会合を開催しなければいけないのだろうか…と思い始めていました。もうやりたくない、それが正直な気持ちでした。そう思っていたところ、1月は総区で開催する、とのこと。支部で開催日程を決めて…という私の作業はないことが分かりホッとしました。

その頃、久々に支部婦から電話があり、「またかけ直します」という留守電が続いたあと、メールがきました。 「直接お伝えしたかったのですが(略)本部婦人部長より連絡があり、○日の総区で行われる会合をもって、ヤング卒業ということになりました。」

あぁ、やっと終わった。
そう思いました。これで毎月「今月も開催しないといけない」という義務感から解放されるのです。

○日の総区の会合は、主人が出勤前の時間であり、欠席することを伝えると、「欠席届」が必要だと言われました。
1年前、「副ヤング長」に就任(というのでしょうか)する際の会合は、幼稚園の行事で欠席すると伝えたところ、この時、初めて「欠席届」を書くように言われ、その存在を知りました。

役職につくものが大きな会合に欠席する際は、あらかじめ提出する必要がある、とのこと。それは、白い便せんに白い封筒で、書式も決められていました。
「池田先生にお出しするつもりで書くように」とのことです。こんな底辺の欠席届を全て見るとでも?なぜわざわざ白い便せんに封筒で?親族に礼状を書くために、ちょっと小洒落た便せんと封筒はありましたが、真っ白な便せんなど、退職届を書いてから使った記憶もありません。面倒ながら100円ショップで購入して書きました。

またそれを書くのですが、今回の理由は、未入会の主人が在宅しているから、です。そのままの理由を書くのでしょうか?と尋ねれば、それでいいと思います、と。
形式はしっかりしているのに、中に書く内容は「未入会の主人が在宅時間のため」です。いちいち書面として書くことなのでしょうか?こんな所だけ形式張っていることに、違和感がありました。

その後、資料等をポスト投函してもらった際に入っていた手紙で、同じく支部のヤングだった、Aさん、Bさんも、同じくヤング卒業となりました、とありました。

この、ヤングって…なんだったんでしょう?
私自身が、ヤング卒業と知った時、AさんとBさんはどうなるんだろう?この支部のヤングってどうなるんだろう?誰が「長」をやるんだろう?と思っていました。
こうなると、「長」をやる人もいないし、みんな卒業ってことで…という雰囲気を感じます。

誰に聞いても、「ヤング」の明確な返答がないのですが、どうなのでしょう?「小さい子がいる主婦」としか聞きません。Aさんは、一番したのお子さんが幼稚園(だったはず)。Bさんは、上は小学生、下は2歳位。私の子供は幼稚園。それぞれバラバラな状況ながら、一斉に卒業です。卒業の基準が分かりません。
例えば、子供が0~4歳まで、とか、ヤングは基本3年間とか、そういう明確な基準というものはないのでしょうか?その地域の幹部の思惑で決まるものなのでしょうか?
…まあ、今となっては、どうでもいいのですが。

新年から、義務的な会合がなくなり、ストレスが無くなりました。日程を考えることもなく、プリントを用意することもありません。会合の連絡をすることも、家庭訪問をすることもなくなりました。

在宅の仕事も、大変ではあったものの、以前、仕事をしていた仲間の紹介であり、気心知れた人だったので、普通の会話が楽しく感じられました。
ヤングを卒業し、地域のグループ長も断りました。
ストレスで子供に八つ当たりすることもなくなったのです。






[PR]
by awake_2014 | 2014-12-09 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)
2013年、年末になり、地区婦人部長が家庭訪問に来ました。
かなりイラついていた私は、その時に思っていたことを言うようにしました。
地区婦人部長は「グループ長の話、私が推薦したんだけど、やらないの?」と言ってきました。あなたが推したのか…。年明けから、娘が登園している時間を利用して、在宅の仕事をするつもりだ、時間的に難しい、と伝えました。

すると開口一番、こう言ったのです。

「働く時間あるなら、活動しなよっ!」

耳を疑う言葉。
続けて「働くのって、逃げだよね」
さらに、「私は子供いないから分からないけど、そんなに大変なの?」「ご主人が働いて欲しいとか言うの?」

質問攻め。地区婦人部長は、子供がいない専業主婦でバリ活だから、分からないのでしょう。
「子供いれば分かりますよ。幼稚園に毎月3万以上払って、食べさせて、服買って、本やオモチャ買って、遊びに連れて行って。」と嫌みたらしく言ってみたものの「ふーん」と言う顔。
よく聖教新聞紙上では「幹部は相手の立場になって…」と書かれていますが、ちっとも立場になんて立っていないし、立とうともしない。

立ち話で、あれこれ言われ、私も以前から思っていた組織のおかしいところ(なぜ財務は1口1万円なのか、収支報告が無いのか、人がいないのに役職ばかり作るのか、等々)を話したところ「私も疑問に感じるところはあるけどねぇ…」とのこと。活動については、あれこれ勇ましく話すのに、こういうところは、適当な返事で終わりました。

あまりに長い玄関先の話で、部屋で待っていた子供も出てきて、話は終了。しかし、私の心の中は、むしゃくしゃして苛立ちが押さえられないままでした。
その日の夜、冷静になり、色々と考え、パソコンに向かって、メールを打ちました。何度も手直しを加え、地区婦人部長にメールを送信しました。

======
お話をした際に、「働くのって逃げだと思う」とおっしゃってましたが、私はそれはおかしいと思います。「私は子供がいないから分からないけど」とおっしゃってましたが、まさにその通りだと思います。確かに「逃げ」があるとも思います。でも働く=逃げ、となるのは、おかしいと思います。

「逃げ」というのは、活動家の方からして、一緒に動く仲間が減るから、という考えではないでしょうか?

「働く時間があるなら活動しなよ」とおっしゃってましたが、活動すれば福運は貯まると思いますが、福運では食べていけません。福運だけでは子供を進学させられません。

(略)

私は、僧侶でも幹部もありませんし、「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」だと思います。
人生、生活を犠牲にしてまで活動するのは、私は違うと思います。

勿論、これは個人の価値観であり、全てを費やすのだ、という人がいるのも、その人自身が思うなら、やっていけばいいと思います。
しかしながら、その価値観を押し付けるのは、おかしいと思うのです。

(略:周囲に学会宣言するつもりはない。選挙依頼をするつもりもない。私が創価と知らない友人が語った非常識な創価の話。等々)

今月、座談会の入場券を届けて頂いた時に、「夜の会合だけど、旦那さんに嘘ついて30分だけでも出られないかな?私を悪者にしていいから」ってメモが入ってましたが、正直なところ、嫌悪感がありました。
家族の食事や面倒を見る時間帯に家を出ること、主人が仕事であったとしても、娘を寝かせるための準備を始める時間に連れ出すこと、は、私はやりたくありません。

(略:役職は引き受けられない。組織の体制、役職についても疑問に思う点が多々ある)
======

メールをまとめるにあたり、自分で気がついたのは、メールにも書いたコレでした。

「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」。

自分の家庭、生活、余暇、そういったものを犠牲にしてまで、私は活動したくない。そう思ったのです。
バリ活の人は空き時間が全て会合。習いごとをしているなんていう話は聞いたことがなく。そんな時間があれば会合、活動。そんなお金があるなら財務。読むのは聖教新聞か、人間革命。だから、話題がそれしかない…。

だから、話していても、薄っぺらい。仕事をしている時は、感じたことがありませんでした。皆、仕事以外で何らかの趣味があり、休日はこう過ごしている、こういう趣味がある、という話になり、残業の合間や仕事帰りの居酒屋トークは、とても楽しいものでした。

必死にまとめ上げたメールの返事は

「ありがとう(絵文字)色々と嫌な思いさせてたんだね(絵文字)題目あげます。またゆっくり読ませて頂きます。」

というもの。これだけ。
その後も、内容について、これは違うよ、こうなんだよ、という反論は一切ありませんでした。
「働くなら活動しなよ!」と勇ましく説教じみたことを言う割に、こういったことに対して、何も反論がなかったのです。





[PR]
by awake_2014 | 2014-12-08 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(2)
支部婦人部長が新しくなったと同時に、地区婦人部長も新しくなりました。この1年、同じグループとして、月1の会合で共にしていた白ゆり長だった人です。

明るく面倒見のいい人ですが、時折行き過ぎる行為であると感じることも多々ありました。月1のグループの会合で顔を合わせた仲ですが、私からすれば友人、親しい仲、ではなく、あくまで「婦人部の人」です。

しつこいグループ長の依頼でイライラしていた頃、書類や会合の入場券がポストに入っており、メモ書きに「今年最後の座談会、夜だけど嘘ついて少し出られないかな?」と書かれていました。

なぜ家族に嘘をついてまで参加しないといけないのだろう?嘘をついて参加して、「嘘ついて出てきました」と発言したら、きっと「出られて良かったわね」とか言うんだろうか。家族に嘘をついて参加して功徳が得られるとでも?

地区婦人部長になったからなのか、この頃から「私を悪者にしていいから、嘘ついて出られない?」とよく言うようになりました。そこまでして会合に出席させようとするのは、何なのだろう?本人に聞けば、きっと「あなたのため」「良い話が聞ける」「活動を頑張りたくなる」と言うだろう。果たしてそうだろうか?

というか、私に参加したいという意欲があれば、そんなことを言われなくても、主人が仕事でいない時間に参加しています。参加しないのは、そこまでの気持ちがないからなのです。

そして、全て「あなたのため」と言うのです。
そうではないでしょう。なかなか会合に出てこない人を連れ出したという結果が欲しい「自分のため」では?

この頃の私は、あとから思うとイライラしていました。意味を感じないヤングの活動、人がいないからまわってくるグループ長の話、嘘をついてまで出させようとする会合。
イライラして、夫や娘に当たってしまったことがあるように思います。非常に申し訳なかったと思います。この数ヶ月、ホルモンバランスの乱れなのか、生理前になると、イライラが増していました。ちょうどその時期と重なったこともありましたが、あとから思うと、本当にイライラがひどかったように思います。






[PR]
by awake_2014 | 2014-12-07 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)
2013年秋、人事があり、支部婦人部長は本部婦人部長に、支部婦人部長には新しい方が。私と同い年でした。
その新しい人事で、初めてヤングの会合を開きました。この時もまた、部員として参加したのは私のみ。Cさんは仕事を始めて、ヤングを抜けていました。
私、ヤング幹部、本部婦人部長、支部婦人部長、の4人だけ。

資料を配付されていて、自他共に認める責任感のある私は、しっかり読んで、意見を話せるようにして参加しました。しかし、実際は、95%が雑談。意味がありません。
初めて会って分かった、話し好きの支部婦人部長。自分の様々な体験を、ずーっと喋っていました。

風邪気味で、あまり声が出なかった私は、マスクをして、聞き役に徹していました。その時の会話に大きな違和感。
支部婦人部長が「私は同中で子供にゲームさせないの。折り紙とかぬりえにしてる。耳からは先生のご指導が入るからね。体に染みこむのよ。」と言い、ヤング幹部は「へぇ~、私ゲームさせてる。ダメですね~。私も考えなくちゃ。」

外で走りまわって遊びたい子供を、1時間も室内に押し込めて、静かにしてなさい、っていう方がおかしいよ…と内心思っていました。
この1年あまり、娘を会合に連れて行った時、何かと「静かにしてね」「みんなお話してるからね」と言っていた自分を思い出しました。娘に悪いことをしたな、と。幼児が1時間もおとなしく遊ぶなんて、無理な話だし、幼稚園だってそんなことさせません。子供が夢中になるアニメでもあるまいし。

さらに話は進みます。偶然にも、支部婦人部長、ヤング幹部、私は、子供が同じ幼稚園という共通点がありました。
「アズラさん、幼稚園とかで、顔見知りのママに学会宣言しようよ!絶対きっかけが巡ってくるから。ここだって時にね。それでさ、相手が嫌ったり、離れていくなら、それまでなのよ。そういう人だって思えばいいんだから」と支部婦人部長。ヤング幹部も「そうそう!」

違和感倍増…。 「離れていったらそれまで」。自分たちに反する人は、ほっとけばいい、ということ?いつからそんな組織になったのだろう?だから閉鎖的な組織になってしまうのだろう。自分たちの思いと違う人は、さようなら・・・。

そんな違和感を増した会合から数週間、支部婦人部長が家庭訪問をしようと誘ってきました。部員さんに渡さなければいけないものもあったので、何とか時間を見つけて一緒に二人のお宅に伺いました。

それにしても、お喋りな支部婦人部長。Aさんの家では、玄関先に出てきてくれた時に「来客中なので」と一言あったにも関わらず、お子さんはどう?学校は?と、質問攻め。私は用件だけ伝えて、あとは横で聞いていましたが、しばらくして「ごめんなさい、来客中なので、いいですか」とAさんは言いました。当然です…。

Bさんの家でも同じ。玄関のドアを開けたままで、長い立ち話。小さなお子さんも出てきて、寒いであろうに、なかなか話が終わらず。さすがに私は「お忙しい中すみません、寒いですよね。」と会話を断ち切ったところ、支部婦人部長は「あ、そうね、ごめんなさいね」と。こんなに気が利かない人なんだ、とがっかりしました。

二軒の訪問が終わり、次のターゲットは私。子供が同じ幼稚園なので、幼稚園のことをあれこれと聞かれ。まあ、その類いなら…と話していましたが、「今度、小単位で○○さんが責任者になるので、グループ長をやってくれないかしら」と。「ヤングもそろそろ卒業だと思うし」。ヤングの任期というのは、何なのだろうか?誰が決めているんだ?そろそろ卒業って、誰かの采配ひとつで決まるものなの?
その場では「はぁ」と曖昧な返事をしてしまいました。

しかし、ヤングで月1の会合を開催するだけでも厳しい。正直なところ、ヤングの役職だって辞めたいのに。家に帰ってから、これははっきりした態度を示さないといけない、簡単に引き受けるわけにいかない、考えました。
家で冷静になって、メールを打ちました。ヤングだけでも厳しい、主人や義父母のこともあり、これ以上時間がとれない、子供も幼稚園に慣れたので年明けから在宅の仕事をする予定もある、時間的にも無理だ、と。

しかし、そこはバリ活の支部婦人部長。何度も説得のメールが入り、「どちらにしても、会ってお話がしたい」とメールが。
「どちらにしても」って、断るのに何で会わないといけないのだろう?会って何を話すのだろう?説得か、活動に関する長時間の話しか想像できません。「現状で会ってお話しても、マイナスにしかならないと思います」と、こちらも根気よくお断りしました。

これほど熱心な人にも関わらず、グループ長を断り、ヤングを卒業すると、全く連絡がなくなりました。
他のヤングの方も同様です。「今度子供と一緒に遊びましょうよ」「同じ世代の子供がいる同士、連絡を取り合っていきましょうね」と熱心に私を会合へ連れ出した方々も、組織に変更があってから、何の音沙汰もなく…。
希薄な人間関係にもうんざりでした。





[PR]
by awake_2014 | 2014-12-06 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)