カテゴリ:5.その後(2015年)( 17 )

2015年のおわりに

2015年が終わろうとしています。

2014年は、トンチンカン地区婦のおかげ(?)で、覚醒が進みました。
今年は、今まで溜め込んできた思いを、ブログとしてまとめて公開させて頂いた、新たな1年でした。
子供の頃から思っていた事、誰にも言えなかった事、改めて考えたこと。
覆っていたヴェールを剥ぎとって、本当の自分を出した1年でした。

一匹狼タイプの私ですが、子供を通じたママ友さんも増えました。
(この中で、うぐっ!という事もあったのですが。書くタイミングを失ってますが、また来年…)
組織と全く関わりが無い繋がりは、とても有意義でした。

2014年終わりの財務を断り、今年5月には新聞と大白をやめ。
組織の大好きな「仏罰」ですが、罰と言う程の事、あったっけか?という感じです。

確かに悪いこともありました。
子供が運動会直前でマイコプラズマ肺炎になり、選んでもらった大役があったのに欠席?!ということもありました。
…でも、見事3日前に復活して、元気に出席できましたけどね。
祈らなくても。

毎年受けている子宮ガン検診の時、以前手術した事のある卵巣に腫れがあるから、半年後に再検査しましょう、と言われてドキドキしていましたが。
半年後に再検査したら「あれ、うーん…腫れがないですねぇ。生理とかホルモンバランスの、一時的なものだったかなぁ」と言われて終わったり。
これも、別に祈ってないですけど。

ブログのトップページに書いていますが、

「人生は山あり谷あり」。「仏罰」などないのです。
誰にでも良いことは起こる。悪いことも起こる。悩みも出てくる。

でした。2015年は、これを実感できた1年だったと思います。
私は持病もありますし、再発することもあるかと思います。
でも、それは自分が生まれながら持っていたものであり。
組織がなくとも、家族が居れば、乗り越えていけると思っています。

何の連絡も無く、静かに1年が終わる…と思っていたら、先日、家族で外出して帰宅したところ、ポストに入っていました。
聖教新聞社のカレンダーと、新年勤行会の入場券。
そのままゴミ箱行きでしたけど。
新聞やめてるし、いらないです。
新年に配るセンセイのカードなんかも、いらないです。
んま、2016年は、聖教新聞が無い新年だかから、まだいいですかね。


こんなブログをご覧頂き、またコメントを頂き、ありがとうございました。
おかげさまで、覚醒の確信がさらに進んだ1年となりました。
それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ。





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by awake_2014 | 2015-12-31 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(8)

義父の葬儀と、母の背中

前回の更新から、また間があいてしまいました。
書きたいことがあって、まとめていたのですが。
11月、二世帯同居していた義父が他界しました。

暴力的な認知症もあり、どちらかといえば避けていました。
書くと長くなるようなエピソードも多々ありまして…。
そういう状況なので、私の子供も義母には懐いていても義父は避けていました。

7月に熱中症で入院したところ、検査で肺がんがみつかり、食事を取ることができない点滴状態=体力がない、ということで手術は無理。
ただ、高齢で進行状態からいって1,2年は問題無いという診断でした。

高齢の義母は自宅で看るのは厳しいということで、ちょうど緩和ケア病棟に入れる話があり、転院。義母は毎日のように通院し、主人も仕事が休みの時には病院へ。
私も一度、子供と行きましたが、倒れた時とは別人のように痩せていました。

転院から2ヶ月。体調急変で、義父は急逝しました。危篤状態、という前置きもなく、突然の事でした。
義父は兄妹が多く、その中での長男。親族が多く、主人は義父の長男。私は葬儀の準備をしながら、家事育児もあり、心身共にきつい1週間でした。
四十九日法要を年内にやることになり、今はその準備です。
高齢の義母と、パソコンを使わない主人の代わりに、私がパソコンに向かう日が続いています。

こんな状態で、自分の喪中葉書も満足にできず…。
皆さんのブログも何とか拝見して…の日々でした。


義父が旅立って4日後、慌ただしく迎えた葬儀。
私の母も親族の席に座ったのですが、しっかりと創価の数珠を握りしめていました。
以前、他の親族の葬儀の時、私に話した言葉を思い出しました。

「あの人は邪宗だったけれど、私がお題目で送り出してあげるのよ」
お題目でなければ霊山へ旅立つことはできない、と言わんばかりでした。
母が焼香する姿を見ていましたが、きっと今もそう思って、心の中では声量MAXでお題目を唱えていたことでしょう…。

子供の頃、「邪宗の死に顔は悲惨」というような話も植え付けられました。
「親戚の○○おじさんは、自分の親戚が結核になって、ベッドで血を吐いて、とても見られない死に顔だったそうよ。でも、奥さんのお母さん(学会員)が亡くなった時、とても穏やかだったからって、お題目あげるようになったのよ。」
そんな話を思い出しました。

そして、つい昨日、母から来たメールには、
友人を誘って買い物に行った。帰りに、明日合同法要があるので、お母さんの法要に一緒にどうか、お金はかからず20分位だから、と誘ってみた。明日連絡すると返事をもらった。お題目の素晴らしさを実感してもらいたい。
とありました。

法要まで誘うかね…。
どこまで話してる友人か知りませんが、自分の家と違う宗教で「合同法要だから」と誘われて、喜んで行きますかねぇ…?
母に問いたい。
もし、あなたが○○宗のお寺で合同法要がある、お金はかからないし、20分で終わるし、お経が素晴らしいし、ありがたい話も聞けると言われて、喜んで行くかしら?と。

きっと言うでしょう。
「そんな邪宗の寺になんてごめんだわ」

自己満足の広宣流布に、どれだけ周りは迷惑してるか分からないのですよね…
そして、自分が、自分たちだけが正しい、と思ってる。
同じ事をされれば馬鹿にする。はぁ…。


葬儀後、私が相変わらずドタバタしている事を知って、義母も主人も外出…な時に、母が遊びに来てくれて、子供の相手をしてくれました。
その間、事務処理的なことを片付けられた助かったのですが、その合間に
「そういえば、財務もうやった?」
と聞かれました(汗)

「ドタバタしてたから、まだ」
「郵便局からできるようになったら助かるわよね~」
「そうだね」
…って、郵便局からできるとか知らないし。
去年から「財務やりません」宣言して、用紙すらもらってないし。
行ってもいない会館の運営費なんてとんでもないし、1万出して三色がデザインされたノートもらってもしょうがないし。恥ずかしくて使えないし。

実家は同じ市内の別の区なのですが、私の住む地域では、娘の非活情報は、実家に流れていないようです。
子供の面倒を見てくれるのは助かるのですが、「今日の新聞見た?新聞見せてよ」なんて言われたら困ったなぁ…と思いつつ。


話にまとまりがなくなりましたが、何とか元気に年末を迎えたいと思っています。
皆様も寒さが厳しくなってきましたので、どうぞご自愛くださいませ。



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by awake_2014 | 2015-12-08 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(4)

御本尊様を返すと仏罰?

学会の大好きな「仏罰」。
私が子供の頃は、今よりももっと酷かったように思えます。
子供の頃から、「御本尊様を悪く言ったり変なことをしたら罰が当たる」と教え込まれてきました。

「学会の悪口を言って、御本尊様を処分した人が、事故に遭ったのよ。仏罰なのよ」
「邪宗の人は、死に顔が見られたものじゃない。創価の人は霊山に旅立つ良い顔をしている。」
そんな話をずっと聞かされてきました。
「火事になったら、一番に御本尊様を巻いて持ち出すのよ!」とも。
…歴史ある寺社にある文化財でもなく、コピーだってのに、命がけですか?

しかし、自分が大人になり、色々な人に会い、話し、体験してきて、本当にそうだろうか?と思う事が増えていきました。
学会二世三世として育ち、組織に疑問を感じた方は、皆さん同じではないでしょうか。

度々ブログに書いてきた、トンチンカン地区婦。
いつだったか、彼女の発言で知ったことがありました。
それは、我が家のお向かいさんのことです。

地区婦が我が家に来た時、お向かいさんの方をチラッと見て、
「ここの家、昔、御本尊様返してんだよね~」
と軽く言いました。
それまで、数年間、近所づきあいをしながらも、初めて知った事実。

私は、義父母と夫が建てた二世帯住宅へ嫁いで来たのですが、お向かいさんとは、昔からの長い付き合いで、夫が子供の頃、お互いに子供を見てもらったり、物を貸し借りしたり…という親しい仲なのです。
何か困った事があれば、お互い家の中に入って解決、という雰囲気です。
私も子供も、そこへ加えて頂き、本当に良好な近所づきあいをさせて頂いてます。

地区婦は、「御本尊様返してんだよね~」と、罰が当たるんだから~的な言い方をしていましたが…
ご高齢のご夫妻は、通院をしつつもお元気です。90歳近かったかと思います。
夫と幼なじみの息子さんは、地域の活動にも参加。消防団にも属し、地域の皆さんから頼られる存在です。
敷地の広いお住まいで、1Fはご夫妻が自営されていましたが、数年前に引退され、今は貸店舗として日々お客さんが訪れているようです。

それが幸せかと言えば、幸せの尺度は人それぞれですし、ご家庭の中では多々問題があるかも知れません。
が、「御本尊様返して仏罰当たる家」には見えないんですけどね。

ここまで書いた内容、実は、春先にまとめかけていたものなんです。
というのも、実家のトラブルがあって、ふと思い出したことなのです。
リンク:「実家のトラブル」

その3ヶ月後、トラブルが改善されていないことも書かせて頂きましたた。
リンク:「「放置」好きな組織」

そして、またそれから3ヶ月…。
実家のトラブルは改善されておりません(汗)

○御本尊様を返したお向かいさん
→ご夫妻が引退された後の店舗の借り主がすぐに見つかり、それから2年以上経っても順調に店舗が続いている。

○必死に活動してお題目あげまくっている母
→引退した後の店舗の借り主がみつかったが、とんでもないヤツで警察沙汰に。
その後しばらく空店舗で、やっと次の借り主が見つかったと思ったら1年せずに自己破産。さらに設備をリースした業者がとんでもない社長で、自己破産で閉店してから7ヶ月たった今でも、弁護士を入れて解決を図ろうとしているが、解決せず…。

再度書きますが…幸せの尺度はそれぞれです。ご家庭の中では…
でもね。

御本尊様返したから仏罰?必死に祈れば解決?
ちゃんちゃらおかしいわっ!
…と言いたくなってしまうのです。

…って書くと、バリ活さんに、「これから罰が出る」「今後分からない」「人生の最後の姿が…」とか、色々こじつけて言われそうですけど。かわいそうに…(泣)

残念ながら、人間平等では無くて、トラブルにも遭うし、病気もするし、色々あります。その時、宗教を支えにして乗り越えよう!とポジティブになるならいいかもしれませんが、創価の場合、宗教が支えではなく、中心になってしまう。

トラブルに遭うのは祈りが足りないから。
解決しないのは、過去の宿業が出ているんだ。とかとか。

「仏罰」という言葉に縛られて、どんどん深いループに墜ちていく…。
何とも悲しい思い込みです。


あ、それから。
2つ前の記事「うぬぼれないで!」で、書きましたが、トンチンカン地区婦。
「地区の一員である事は変わりないので、連絡だけはさせていただきます。」
とメールにありましたけど、あれから2ヶ月、なーんの連絡もありません。
本当に会合に出て欲しい、って思うなら、いつどこで、どんな会合があるか連絡してくださいな。

「地区の一員である事は変わりないので、[選挙と財務の]連絡だけはさせていただきます。」
の間違いですよね?言葉足りないっす(笑)




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by awake_2014 | 2015-11-11 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(6)

色々ありましたが

前回の更新から1ヶ月半たってしまいました。
9月の終わりから子供が風邪をひきまして。

咳と熱が長引き、普通の風邪じゃなさそう…と検査してもらったところ、マイコプラズマ肺炎と診断されました。
肺炎でも軽い方で、自宅で薬を飲んで安静、ですみました。
咳と熱で親子共々眠れない日々でしたが、1週間お休みし、10日ほどで元気になりました。
…と思ったら、私の体調がおかしくなり、これって…と検査してもらったところ、マイコプラズマ陽性。
肺炎ではありませんでしたが、見事に看病で感染しました。

というわけで、この1ヶ月は、看病に子供の行事に…と慌ただしい時間でした。
…と書いたりしたら「ほら、仏罰が出てきたのよ」なんて言われちゃうんでしょうかね。
子供の症状が酷いときに母にメールしたら
「死に物狂いで、ご本尊にぶつかって、祈りきってください。乗り越えてください。ながら題目でもいいから。病魔との闘いだよ。今晩が勝負だよ。祈りきってください。」
なんてメールがきました…。
「死に物狂い」「病魔」…なんか、見るだけで怖い感じですが。
「今晩が勝負」ってのも…。重篤で「今夜が山です…」じゃないんだし。
「熱が下がらないし咳き込みも酷いからかわいそう」って書いただけなんですけどもね。
実の母ながら、どん引きしてしまいました。

マイコプラズマ肺炎って、名前はすごそうですが、インフルエンザと同じように飛沫感染するもので、体に入って発症しちゃったらアウト、で、この時期、結構かかる人がいるそうなんですよね。感染しても発症しない人もいるし、軽い風邪症状で自然治癒する人もいるし。大半の人が知らないうちに感染しているもの、なんだそうです。
ちゃんと対応した抗生物質もあるし。看病で感染した私も3日間抗生物質を飲んだら、元通りです。

きっと母は、「毎日2時間祈りきったからだわ!」と、新たな「体験談」にしちゃいそうですが。
祈らずとも、適した薬を飲んで、水分や栄養を取って安静にすれば…ね(汗)
祈るよりも、しっかり手洗い・うがい、です。

覚醒する前だったら、私も「罰が当たったのかも」「お題目あげてないから?」なんて考えてたのかなぁ…




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by awake_2014 | 2015-10-24 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(4)

うぬぼれないで!

あの季節がやってきました。
「真心の財務」です。

昨年(2014年)、続けてきた財務を断りました。
その時の、地区婦とのやりとは、こちら(3-5.覚醒後の生活・2)に書きました。

調べてみると、昨年の財務依頼メール、9月9日にきました。
そして、今年も9月9日にきました。
…これって、毎年同じなんですかね?

伝えるべきコト)に書いたメール以来、3ヶ月ぶりのメールです。
3ヶ月前、「お婆ちゃまグループ長がくも膜下で倒れたので題目を送って下さいね」と書きつつ、その後、全く何も無いので、このお婆ちゃまが、その後快復されたのかどうかも分かりません…。
コメントでご心配頂いた方々に御報告できず、申し訳ありません。

「(略)是非、広布のお役に立てる財務をお願いしたいです。
 暫く会ってないし、新しい白ゆり長もご紹介したいです。
 如何でしょうか?」

2年以上会合に出ておらず、何のお世話にもなってない幽霊会員の私が、
「広布のお役に立てる財務」?!
え、なんで?!
行ってもいない会館運営の為にお金を出せ、と?
今年もハッキリお断りの返信をしました。

「昨年同様、広布部員の申込みをする意志はありません。
 訪問もお断りさせて頂きます。」

やれやれ…と思っていたら、返信です。

「学会、やめちゃうの?
 信心だけ続けますか?
 私が居なくなれば、組織に着きますか?
 そんな風に思わせてしまい、申し訳ありません。
 が、地区の一員である事は変わりないので、連絡だけはさせていただきます。
 心から祈ってます。またよろしくお願いします。」

どんだけ自惚れてるんだろう…。
確かに「20年30年後を楽しみにします。」という、仏罰論と選民思想がたっぷり詰まったこのメールの一文に衝撃を受け、なんて人なんだろう…と思ったことは事実です。
でも「私が居なくなれば、組織に着きますか?」って…。
バリ活さんが大好きな「『怨嫉』で…」という理由付け、ですよね。これって。

地区婦が「20年30年後を楽しみにします。」と送ってきてイライラした後、(3-4.覚醒後…友人とのメール)にも書きましたが、(元?)親友のバリ活地区婦B子にもメールで言われました。

「会合に出て、人と話して元気になって前向きに活動してもらいたいって思ってるのに
 「あの人が嫌いだから会合出ない」って、ただの怨嫉。
 その人の為に信心してる訳じゃないよね、「先生と共に」だから。」

トンチンカンな地区婦が嫌だから、組織から離れる。
地区婦がいなければ、組織に就く。会合も出る。
…そんな単純な話じゃありません。そんな安っぽい話じゃないんです。

「地区の一員である事は変わりないので、連絡だけはさせていただきます。」
っていうけど、ここ1年以上、座談会だ、同時中継だっていう、会合の連絡なんて一切ないんですけどね。
連絡が来るのは、財務・選挙・教学試験。
お金絡み、選挙の票、報告しないといけない事務連絡…。
もし気が変わって(あり得ませんが)会合に出てみよう!と思ったって、何も連絡が無いのに、どうしろと?!

日頃全く連絡もしないのに、地区の一員だから連絡だけは…って。
よく言うなぁ~。

「学会、やめたいですね。
 信心、分からないです。
 あなたがいてもいなくても、創価が嫌です。
 連絡だけは、ってあるけど、数ヶ月に一度、報告が必要なことしか連絡してきませんよね。
 財務とか選挙とか。
 まあ、祈ってみてください。組織になんて戻りませんけど。」

…って、返信したかったけど、アホらしいのでやめました。

翌日、主人の仕事が休みで、二人でランチをしたとき、我慢できずにこのやりとりを話しました。メールを見せつつ。
すると、主人が言いました。

「そういえばさ、○○(地区婦)さんって、最近全然見ないよね。
 前はさ、歩いてる時にすれ違ったりとか、何回かあったのに。
 まだあのマンションにいるの?」

そうです。私も同じ。覚醒前は、度々近所ですれ違いました。買い物とか駅に行く途中に。
我が家から徒歩2分もかからないマンションですからね。しかも、お互い、ちょっとだけ出れば駅前通りに出る位置です。この町のメインストリート沿いに住んでるわけです。駅の向こう側には、ショッピングセンターもありますしね。スーパーもあるので、この町の人は日々利用する所です。

んが、ここしばらく、というか、1年以上かな?見かけてません。
会ったら、幸せ満面の笑みで「こんにちは」って言おうと思ってるのに。
「相変わらず私にお金と選挙の時は連絡くるから、あのマンションなんじゃない?」と言ったら、主人にウケました。
「今度選挙の電話きたら、安保法案のことで、公明党には失望したから、とか言うか?」なんて言ってくれて、お互いに笑いました。

それにしても、「怨嫉」って、嫌な言葉ですねぇ…。
別に、怨んでも嫉んでもないんですけどね。
裏を返せば、「アタシが頑張り過ぎちゃってるから…」という、うぬぼれでしょうか?!
選民思想たっぷりだからなぁ…。




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by awake_2014 | 2015-09-12 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(4)

ヨイショとスルー

子供の長い夏休みが、ようやく終わろうとしています。
実家の貸店舗と弁護士の絡みで、ばーばと遊ぶ機会が少なかった子供は若干お怒りでしたが。
先日、久々に遊びに来て、夏休みのお小遣いをもらったらご機嫌でした(笑)


母が遊びに来た時の事ですが、我が子、夏によく放送される心霊映像のテレビを見て、トイレに行けなくなりまして…。
隣の洗面所にかかっているタオルが、女の人の長い髪に見える、とか…
困ったもんだよ、と母に話していたら、母が来た時だけ開けている、タンスの上にある仏壇の方へ行って
「オバケなんていないんだよ。ナンミョーすれば大丈夫だからね。」
とか教えているという…。
そんなコトで教えるな!
しかし、面倒臭がりの我が子は、「オバケなんてないさ~」と歌いながらトイレに走っております。よしよし。


前回の実家問題は、弁護士が入って、少し落ち着いたようです。
リース業者も、高齢女性相手だから舐めてたんでしょうね。
機械運搬に100万かかるとか、外すと水漏れする可能性があるとか、ドアを壊さないと運び出せないとか。
一般的に聞いても「そんなことある?!」な話ばかりですし。
弁護士が出てきたことで、業者のほら吹きが収まってきたようです。
母が、これを「お題目のおかげ!」と思わないことを願いたいです。


少し時間が経ちましたが、長井秀和さんのFacebookが話題になったり、高橋ジョージさん・三船美佳さんの離婚裁判が話題になったり、創価芸能人の方が、賑やかですね。

それにしても、良い時は持ち上げて、悪い時はスルー。
一会員でも、芸能人でも。
創価って、ホントに分かりやすい。
新聞やグラフで、活躍する創価芸能人を出しては、一般の方に「あの人も創価なのよ!」と宣伝材料にして使っておいてね…。

サザンオールスターズでギターだった大森隆志さんもそうだし。
新聞に掲載して、あのサザンのギタリストが!!だったけど。
サザンを脱退して(噂では熱心な学会活動が原因とか)、その後、覚醒剤と大麻で逮捕されて。
そうなると、もうほったらかし。
あれだけ持ち上げて、創価の活動でここまできました!と言っておいて、落ちたら知らんぷり。

人間の成長を謳う組織ならば、そうやって落ちてしまった人をもう一度再生させてあげよう、って思わないんですかね?
創価の力で乗り越えました!とか。

「一家和楽」っていうけど、髙橋・三船夫妻はもめてますしねぇ。
大御所の久本雅美さん、岸本加世子さんは、結婚もされず、お子さんもおらず、お一人ですよねぇ…。
広布のお役にたてて幸せな人生!なのかもしれませんが。端から見ると、どうなんだろな、みたいな。

まだどっかの怪しい宗教みたいに、いきなり結婚させられるよりマシかもしれませんけども。
でも、そうやってバリ活が増えて、既婚者が増えなくて、子供が増えず、未来部減少。将来の財務・選挙要員減、
なんじゃないですかね?

こんな私ですが、八王子のS大学を出たもんで、実家の時や結婚して引っ越したときも、それはそれは、持ち上げられました。
「先生に一番近いところで学ばれたんですもんね♪」

しかしながら、活動を拒否し、財務も選挙活動も拒否し、新聞も辞めた今。
なーーーーーんの音沙汰もございません。

覚醒した今、ありがたいコトなんですが、違う方から見ると退転してる仲間がいてもこうなのね、という気もします。
「見てなさい、罰が当たるから。」とお考えかも。
決して、「何とか引き留めて一緒に成長しなくては!」なんて思ってない気がします。

まあ、財務も出さず、選挙でFもとらないから、そんな人、いなくてもいいんでしょうけどね。
お金と1票が欲しいだけなんでしょうね。
覚醒して、何も音沙汰の無い今、深く、深く、実感しています。





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by awake_2014 | 2015-08-31 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(2)

「残念」な母

前回も残念な母のことを書いたのですが…。続きです。
ちょっと流れをまとめながら、追加してみます。


…と。
何だか最近、母に対するグチのような話が多いのですが。
『創価』に対することなのか、個人的な『母』のことなのか、と考えたのですが。
どちらか、ではなく、「『創価』である『母』」のこと、なんですよね。

物心ついた時から、創価思想で育てられた。
「御本尊様は見ているよ」「お題目送ってるからね」
でも、実際どうなの?何十年もやってきて、それでどうなの?

「4-2.母との関係・1」でも書きましたが、
『御本尊様は最高です。功徳もありますが、自身の宿命転換は日蓮仏法を根本に世界の平和と一切衆生の幸せの実現、広宣流布達成の為に、日蓮仏法を拡大して行く事が学会活動であり、相手の方に理解していただく為に自分も勉強し力をつけるための教学もあり、相手に理解していただくために聖教新聞を読んでいただいたり、対話をしたり会合に誘ったり、相手の幸せを祈り自分も幸せになる、最高の生き方と思います。』
と、創価の疑問をぶつけた私に返信してきました。

宿命転換とやらを見せてよ。信心の力で乗り越えるところを見せてよ。
そう言いたくなってしまうのです。

覚醒する前に、悶々としていた思いが、覚醒後、私の中からあふれ出ています。
ブログで書くことでは無いのかもしれませんが、私の、創価に対する、母に対する、吐き出したい思いをここに書かせて頂くことで、気持ちを整理し、落ち着き、平穏な日々を送りたいと思っています。


…本題に戻します。


家族旅行から帰ってきた翌日、母から、実家トラブルについての長~いメールがきました。
旅行疲れもありつつ、色々大変そうでしたので、以前から言ってきた事の繰り返しもありますが、私もメールを読み返し、返信。

しかし、それから1週間、何の音沙汰もなく。
私の返事について、肯定も否定もなく。
メールに、来週時間取れないか、とあったので、予定についても書いたのに、何も連絡が無い。

私も仕事や子供のことで忙しかったのですが、さすがに1週間連絡が無いと、急に暑くなったこともあり、体調が悪いのではないか、と心配になり、メールを送信。

「自分なりに一生懸命考えて返事を書いたけど、何も返事が無いので、正直ガッカリしている。」
そう書きました。
と同時に、この日の午前、二世帯同居している義父が、熱中症のような症状が出た為、意識はあったのですが、まともに歩けず、認知症もある為、救急車を呼んでかかりつけの病院に搬送してもらい、入院。その事も書きました。検査したところ、肺に影があり、肺がんの可能性もあるということでした。

すると「落ち着いたらメールします」とだけ返事が。
その数時間後、改めてメールがきましたが、

破産管財人の弁護士から、こんな内容のメールがきた。納得できない。何も話が進んでない。どういうことだ…という怒りをぶちまけた内容。
破産管財人の話が納得できないから、以前お世話になった弁護士と契約しようと思う。
気温が上がって体調が悪い。家にこもっている…云々。

そして最後に
「そちらもいろいろ大変のようだから、少しでも前向きな話をメールしたいと願っていますが、なかなか、それができずすいません。」
とありました。

私は少し期待していました。
義父に肺がんの疑いがあると医師に言われた。それについて、何かしら反応がないかと。
義母は少なからずショックを受けていました。長年夫婦として苦楽をともにしたパートナーが、がんと言われるかもしれないのですから。
それを経験したのは、私の母です。
だからこそ、その部分について、何かメールに書かれていないかと、少し期待しました。

しかし「そちらもいろいろ大変のようだから」。それだけでした。
「お題目をあげてさしあげてね」とか「お題目を送ります」とか…
そんな言葉すらありませんでした。
この言葉は出てくるかと思ったんですが。
「人の幸せを祈れる学会は幸せ」そう言っていた母も、目の前の事に必死…。

法律的な話は弁護士に聞かないと分からない…等々、返事を書きながら、
「必死に信心しても、こんなに困難が次々と訪れるものなのですかね。こういった出来事ひとつひとつを、宿命とかいうのは、どうなんだろうと疑問に感じます。」
という一文も書き添えました。
功徳、宿命転換、最高の生き方…それを見せてよ!
そう、思い切りぶつけたい思いでした。

そして、また、5日間ほどメールはありませんでした。
5日ぶりにメールがきたと思ったら、
「○○弁護士と契約しました」という一文のみ。
その後、立て続けにピンぼけした弁護士との契約書の写真メール。
(…ボケすぎてて、読めないし、契約書を私が見てどうする?!)

前々から弁護士を依頼したら?と言ってもほったらかし。
結局弁護士に頼み、それ以外の話はスルー。
私の娘が夏休みになり、幼稚園の夏期保育、お泊まり保育…ということもスルー。
私はあきれ果てて、返信しませんでした。

翌日きたメールも、今回の件の、さらに前に借り主と起こったトラブルに関して、ズラズラと語った内容と、弁護士さんとこう話した、という内容だけでした。
このメールも、私は読んだだけで返信はしませんでした。

そうこうしているうちに、入院して10日程たった義父は、肺炎の疑いがあり、熱が上がったり下がったりで、相変わらず食事も摂れず。この症状が治まらないと、肺がんの検査もできないが、肺炎が重篤化する可能性も…と言われる状態。

これだけは伝えておこうと、母にメールを打ちました。
「こちらの事まで考えられないでしょうけど。一応、状況だけ伝えておきます。」と。
付け加えて、忙しそうだから旅行のお土産は宅配便で送った、子供は幼稚園でこんな行事があった、と、簡単に書き添えて。

すると、
「お義父さんのことは気になってしましたが、すみません。お見舞いは自宅でいいでしょうか?お義母さんの予定を教えてください。」
やっと気づいたようですが…家にお見舞いしてどうする?というか、見舞うよりもまず、電話一本を直接義母に入れなさいよ、です。
「娘から入院したと聞いたけど大丈夫ですか?」と電話を入れるぐらい、簡単なことなのに。

私の父が、ガンで体調を崩した時も、義母は私の母宛に電話をしてくれたことを、私は覚えています。母から「お義母さんから電話をもらった、心配してもらった」と言われたからです。
多忙な中、突然見舞いに来られても、困ることもあると思うし、弱っている姿を見せたくない相手だっているはず。母も、父の時に同じ思いをしたはずなのに。

確かに困った問題に直面しているとは思いますが…
嫁いだ娘が、二世帯住宅で暮らす義父が入院しても、「その後お義父さんはどう?」という一言すらなく、自らの困った状況とグチを送り続けてくる母。
信心は最高と言いながら「お題目送ります」の一言もない母。
創価の中で生きてきた母って、コレか?
そう思うと、何とも言えない気分になるのでした。

夏休みになり、日中、あまりの暑さで屋外で遊ぶことすらままならない中、「ばーばは遊びに来ないの?」という娘。
「ばーば、忙しいんだって」
そう娘に話しながら、溜息を吐いて、7月が終わろうとしています。


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by awake_2014 | 2015-07-31 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(7)

「放置」好きな組織

また前回の更新から時間が経ちました。
前回も書いたのですが、創価がらみで何もなく、仕事に育児に家庭に、と平凡ながら幸せな日々を送っているから、でもあるのですが。

前回書いた、くも膜下出血で入院したおばあちゃんグループ長の話も、その後、全くです。
「アズラさんも一緒にお題目を送って下さいね。よろしくお願い致します。」とメールを送りつつ、その後、状態が安定しました、とか、退院しました、なんて話は全くありません。
「祈って」と頼んでおいて、放置です。

私は、おばあちゃんのお宅の近くを通る度に、どうしたかな?回復されるといいな、と心で祈っているのですが。
すっかり私は、非活学会員として放置して頂いているようで、それはそれで、ありがたいのですけどね。

それにしても、ホントに、創価は「放置」が多い。
選挙にしてもそうではないでしょうか?
公明党のお願いばかりして、いざ選挙が終わったら放置。
応援してもらった議員がどんな活動をしているのかもサッパリな方ばかりです。


そんな中、我が家は、7月前半、家族旅行に出かけました。
主人はシフト勤務で、夏休みというものがなく、繁忙期にまとまった休みが取れないため、毎年少し早めに家族旅行をしています。
母にも声をかけましたが、体力的にきついし、家の方の問題もあるのでパス、とのこと。
家の方の問題とは、4月にブログで書いた件のことです。
(リンク 実家のトラブル

旅行直前になると、「全てが良い方へいくように、お守り御本尊を忘れずに」とメールが。
すっかり覚醒している私は、勿論スルーしましたが、それ持って守られるなら、世の中みんな幸せだよ…と、溜息が出ました。
そのくせ、他宗のお守りについては、ものすごいバカにしますからね。創価も同じじゃん。
しかも、神社仏閣で販売されているものより、ちゃちくて高い気がします…。

旅行先は沖縄だったのですが、ちょうど台風が沖縄に接近した時でした。
滞在中、台風が通過しましたが、前半は海や屋外プールで楽しく遊べましたし、屋内プールでも遊んだり、往復の飛行機も揺れることなく飛び、楽しい家族旅行でした。
台風ばかりは自然ですから仕方ないことで、そういった状況の中、家族で楽しい時間を過ごせました。

お守り御本尊なんて無くても、いいんです。
子供には、お空に他界したじーじがいて、いつも見守ってくれている、と話しているので、子供は「じーじ!お空から台風吹き飛ばしてね!」なんて、かわいらしくお願いしていました。
宗教に関係なく、先祖を思う気持ちは大事ですよね。


そして、楽しい旅行を終えて帰宅した翌日、母からメールがきました。
実家の方の問題の続きです。
借り主が自己破産し、破産手続きを行い、弁護士が破産管財人となって処理を進めていたようですが、処理が7月末に終了して、店舗が破産管財人から貸し主である母に戻される予定。
しかし借り主が残していった物、リース機材などは、貸し主である母が処分を行う、という書類にサインをしてくれ、という内容だった、と。

店を突然しめて出て行ったので、あらゆる物が放置されたまま。さらに大きなリース機械が置かれたまま。そのリース機械の業者は、搬出にお金がかかることで拒否。搬出には100万かかるから他の業種に貸したいならその費用を母が出してくれ、と業者は言うそうです。
店舗の中をどうにかしないことには、次の人にも貸し出せない。
本当に困った状態です。

旅行から帰宅した翌日、たくさんの洗濯物を片付けているときに、まとまりのない長く重たいメールがきました
「旅行から帰ってお疲れの所申し訳無いけれど…」とあり、それは大変であろうと、句読点も改行も無い、非常に読みづらいメールを何度も読み返し、私なりの意見や考えを書き連ねて、メールで返事を出しました。

が、それから1週間、何の音沙汰も無し。
忙しい中、必死に考えてまとめて送ったのに?
まさか体調でも崩して一人で寝込んでるとか?もしくはもっとひどいことに?

とりあえずメールをして、返答がなければ電話をしようと、メールしたところ「落ち着いたらメールします」という返答。
なんだ、体調崩したわけじゃないのか。だったら、「そういう考えもあるね」とか「それは違うと思うわ」とか、何かしら返答くれてもいいんじゃないの?
創価にあるあるの「放置」パターン?!
またも、うんざりしました。


私は少し前から、第三者として、破産管財人も法律に従ってやっているだろうし、リース業者が搬出費用を出せというのはおかしい話だし、こちらも弁護士に依頼して、事務的に処理を進めた方がいいのではないか、と母に進言していました。

しかし、母は、何も事を起こさず、ただ静観していたようで。
そして、弁護士から自分に不利な話ばかりきて、冗談じゃ無い!と思い立って、以前の借り主でトラブルになった時に依頼した弁護士と契約することにした、とか…。

主人にに簡単に話すと、言いました。
「お母さんは、そんなに必死に信心してるのに、トラブルばっかりだね。一人目は悪い噂流して警察沙汰になって、今度は自己破産されて。こういうとき、学会の人とか、公明党の人とか、弁護士を紹介してくれたり、法律相談の対応とかしてくれないの?」
ごもっともです。私もそう感じています。


「一緒に祈って!」「選挙活動して!」「財務やって!」「新聞とって!」
その時だけは必死に訴えるけれど、いざ山を過ぎれば音沙汰もなく放置。
そして、潤うのは、創価学会という組織だけ。
会員は、経済状況があまりよろしくない中、節約して暮らしているのです。

財務なんて「出せばそれ以上のものが返ってくる」なんて、よく言われてましたが、どうなんでしょうね?
現実は、年金暮らしの高齢者が、新聞、グラフ、書籍を買わされ、民音で興味の無いコンサートチケットを買わされ、無償で新聞を配達し、集金し、選挙依頼まで。
でも、誰が見てもぼろいと思うアパートで暮らしている…みたいな。

無駄な書籍は買わず、新聞配達や集金の時間、同じご近所を歩き回るなら、チラシの投函パートでもした方が、定期的に収入が増えると思うんですけどね。
「最近葉物野菜が高いわねぇ。節約しなきゃ。」と言いつつ、ろくに読まない大先生の書籍はポンポン買って本棚のコレクションのように並べる…。

ホントに創価っていう組織は…。






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by awake_2014 | 2015-07-20 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(4)

伝えるべきコト

前回の記事から、1ヶ月経ってしまいました。
仕事に家事に育児に…色々と忙しく、充実した時間を過ごしております。
いらん新聞もなくなりましたしね♪

以前の私は、「反創価」の方のブログが更新されないと、大丈夫なのかな?と、勝手に変な心配をしていたのですが、自分がブログを書くようになって、分かりました。
(全ての人がそうではないのですが)私の場合、創価の事をあれこれ書く時間がもったいないし、充実してるし、忙しいし、なのです。
そして、同じ気持ちの方のブログを拝見し、なるほど、そうだな、等々、日々、覚醒したことの確信を強めさせて頂いております。


さて、そうして精神的に穏やかな5月を過ごしておりましたが、久々にトンチンカン地区婦からメールがきました。

「この度、助教授、助教授補、青年教授三級の資格を持つ方が対象の、教授補の受講があります。
 アズラさん対象者なので、説明と書類をお渡ししたいのですが、○日まででご都合のいい日教えて下さい。」

4月に新聞をやめます、というやりとり以来のメール。
その時は、絵文字使ってフレンドリーな感じでしたが、絵文字もなくなっていました。
…というか、私は2014年の年頭に怒りを感じて以来、絵文字なんて使っていないし、ビジネスライクに必要事項だけ書いていたので、いつまで絵文字つけてくるんだろ?と思っていましたが。

確か高等部時代に教学の試験を一度受けた記憶がありますが…勉強会に出たり、あれこれ覚えたり、よくやったもんだと思います。
だって、教学よりも勉学ですよね。高校生ですもん。

覚醒した私に、教授補などという地位は必要有りません。
「教学の講義は、受ける意志がありませんので、お断りします。」と返答しました。

すると、すぐに返信がありました。
「了解しました。
 全く別の話しですが、(お婆ちゃまグループ長)が先週、くも膜下で倒れ、手術は終わってますが、予断を許さない状態です。アズラさんも一緒にお題目を送って下さいね。よろしくお願い致します。」

4月25日付で「必死さが哀れに感じました」という記事を、
2月2日付で「今、アレなんでね」という記事を書きました。
繰り返しになりますが、「3-3.覚醒後の生活・1」に書いているように、グループ長は80代のお婆ちゃまです。

私が2013年の年末、トンチンカン地区婦が推薦し、支部婦が私に、ヤング卒業と引換にプッシュしてきたグループ長。私が断ると、他に人がおらず、このお婆ちゃましかいなかったのが実情です。お婆ちゃまも、「他にやる人がいなくて…若い人がやってもらえるとねぇ…」と、私にグチをこぼしてました。

そのお婆ちゃまが倒れられたと。
メールのやりとりは金曜日。一般的に「先週」と考えれば、1週間は前。
覚醒して、会合に出ず、新聞もやめた私に連絡が無いのは当然のことかもしれません。

しかし、私が、へ?と思ったのは、そのお婆ちゃまが予断を許さない状態であるにも関わらず、先に伝えたのは「教授補の受講」。
予断を許さない、一緒に回復を願って欲しい…ならば、その方が先に伝えるべきことじゃなかったのかしら…。
こんな私ではありますが、全く知らない人ではありませんし、一応、名簿上はグループの一員であり、結婚してこの土地に来た時から世話をしてくださった方です。

選挙の時は、3月22日付の「背筋の凍る選挙活動」で書きましたが、どうでもいい、いらん情報は、張り切って、メールアドレスをひけらかして送信してくるのに。

私は何も返信しませんでした。
題目をあげるつもりはありません。しかし、近くにある有名な寺社を通りかかった時、足を止め、本殿の方向を向いて、お婆ちゃまが回復されますように、と心で祈念しました。

「○○の本殿に向かって祈念してきました」と言ったら、どう返ってくるだろう?
罰当たり?祈らなくていい?
いやいや、回復を願う気持ちは、同じなんですが。

そして、ふと想像してしまいました。
もし私が同じようなことになったら、「創価に背いたからよ」「罰が当たったんだわ」なんて言われるんだろうなぁ…なんて。

今はただ、お婆ちゃまグループ長の回復を、純粋に願っています。






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by awake_2014 | 2015-06-07 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(10)

新聞のない5月

一つ前の記事に書いたように、4月で聖教新聞をやめました。
…というか、この一年、ほとんど読んでいませんでした。
たまに母からのメールに「今日の新聞○面に、○○の話が…」とあっても、スルーしていました。
ですから、実質、古新聞の量が減っただけ、なのですが。

それにしても、朝から一般紙しかないというのは、すがすがしいものです。
やれ表彰されただの、道に名前がつけられただの、金で買った名誉を見せつけられることもなくなりました。

それにしても、最近、やたらと聖教新聞のCMが目に付く気がします。
テレビ局にもお金を出して、下手な批判報道はしないように、と釘を刺しているのでしょうか?

さすが財務で儲けていらっしゃる団体です。
次々と新たな会館を作り、維持運営。
子供の頃、とてつもなく広い会館の会場は、いくらでも使えるもの、と思っていました。いつでも出入りできる広い場所。

しかし、成長するにつれ、愕然としました。
一般の会議室や、大規模なホールを借りるとなれば、かなりの金額がかかります。それだけの維持費がかかる、ということですよね。
アパート暮らしの高齢会員が絞り出した財務が、いとも簡単に消費されている気がします。

このゴールデンウィークに、子供と映画を見に行きました。
予告が始まると…ここでも聖教新聞のCMです。
まさか、映画館で見ることになるとは…

CMの中身は悪くないのですがね…良いCMだと思います。
が、その新聞自体がおかしい。
万が一、CMを見て、読んでみたいな♪と思って読んだとしても…
内容に驚くことになるでしょうね。色々な意味で。





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by awake_2014 | 2015-05-06 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(4)