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4-3.母との関係・2

覚醒した2014年の春、主人とちょっとした喧嘩をしました。子供のことです。どこの家でもあることかと思います。
何気なく母に、こんなことで喧嘩したんだ~、と気軽にメールをしました。すると、

「椅子に座って落ち着いて題目を気の済むまであげてみて、いい解決策が見つかるように私も祈ります。」

というメールがきました。正直、げんなりでした。
「こうしてみたら?」という母の意見ではありません。祈りなさい、なのです。
思い出せば子供の頃もそうでした。
「お題目あげてるからね」
よく言われた言葉です。「お母さんがいるからね」ではありませんでした。

げんなりした後には、怒りがこみあげてきました。
母は何かにつけ、祈れば解決する、と私に言いますが、あなた自身はどうなの?と。
親不孝者だと思いましたが、私はメールに思いをぶつけました。

祈っていけば叶わないことはないというけれど、何でお母さんは毎日必死に祈って、必死に活動しているのに、家の手続きでミスが出て困ったとか、体の調子が悪くて良くならないと言うの?
ある日は、新聞にこういう指導がのっていたから頑張らなくてはと前向きなことがありながら、その翌日には「めまいで色んな検査をした。耳鼻科、脳外科、心臓、眼科もメガネも。それでも原因が分からず心療内科を紹介されて通ったけど、毎回話して薬が出るだけ。」と弱気な言葉。
信心をしても、悩んで、乗り越えて、また悩んで、解決しなくて。
信心強情過ぎて、願いが叶わないと祈りが足りないと自分を責めて、大らかに考える心を失っていませんか?
誰にだって困った事も起きるし、病気になる人もいる。誰にでも山も谷もある。
時に時間が解決してくれることもあるし、自分の気の持ちようで改善されることもある。
等々。

すると、

「全くもって情けない。惨め。やる気無し、思考力無し。馬鹿みたい。今の私。」

というメールがきました。
親不孝な娘かも知れませんが、親子だからこそ、思うことを伝えなくては、という思いもありました。
そして、冷静に返信をしました。

「お母さん自身が確信を持って信心をしているのなら、まさに「祈る」べきなのでは?全てが良い方向に向かう信心ではなかったの?」
「パパにもよく言われます。「お母さんは、家の事とか、いつも悩んで考えすぎて、眠れなくて体調悪いって言ってるみたいだけど、創価学会の信仰をしてるのに、何でいつも悩んでるの?祈って解決しないの?祈りが足りないの?」私は、何も言い返せません。」
「天気もいいので、気分転換に外に出て、好きなところに行ったり、美味しいものを食べて、リセットしてはどうでしょうか?私はそれだけで、十分気持ちがリセットできます。よし、気持ち入れ替えて頑張るか!と思えます。部屋にこもって祈って祈って…ばかりより、心身共に健全だと思います。」

70歳を超えて、体のどこも悪くない!という人、ごく僅かではないでしょうか?
どこか悪くなると、眠れなくなるほど考え込んで、祈って祈って…。
それでも治らず、さらに悩んで、祈って…。

70過ぎたんだから、痛いところも出てくるわ!
天気もいいし、ウォーキングして、美味しい物食べて、たっぷり寝てみよう!
…って思えないのかしら。その方が、体調良くなる気がします。

多少の矛盾を感じていながらも、母はこのループから抜け出せないと思います。
生活に密着し、父が他界した後、一人で暮らす母から、創価という組織をとったら、残る物が微々たるモノだから、です。
近所づきあいにせよ、全て創価組織が中心なのですから。




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by awake_2014 | 2014-12-18 00:00 | 4.家族、友人 | Comments(0)

4-2.母との関係・1

未活動の方、脱会した方のブログなどを拝見すると、自身の親がバリ活で、家庭が崩壊した、だから学会が嫌だ、という方がいらっしゃいます。

私の両親は、バリ活、とは言いませんが、地区やブロックの役職があり、自営業の仕事をしつつ、地味に活動し、勤行・唱題に励んでいました。
産まれながらにその環境に育ったわけで、親の見よう見まねで勤行・唱題をし、会合に参加していました。

多感な小中学生の頃、自営業の仕事は土日が稼ぎどきで、夜は会合に行く親を前に、ちょっとしたいじめがあったことを話せなかったり、「今日学校でね…」という普通の話をするタイミングがなく、寂しい思いをしたことがありました。一人娘であった私は、他に話す相手がいなかったのです。

中学生の頃、家では母に反抗的な態度を取ることも多々ありました。学校では、まじめな子、として通っていた私が、です。(中学の時は、生徒会長やってました。)
これについては、大人になり、かなり時間がたってから思ったことですが、話ができない寂しさ、ストレスが、この行動を引き起こしたのではないか、と思っています。

学生時代、宗門問題で疑問を感じ、女子部ではあまり活動に参加しなくなりました。それでも、両親は無理強いすることはありませんでした。
嫌な選挙の時も「お願いできる人がいるならしてみたら」という柔らかい感じです。「何かあったらお題目よ」とは言うものの無理強いはしませんでした。

また、ブログで拝見した中には、創価学会の財務にバリ活の親が多額をつぎ込んで、家庭が崩壊した、という方もいました。

母が毎年いくらほど財務としてお金を出しているのか知りませんが、生活に支障が出るほど財務を出そうという気持ちはなさそうです。
父は他界しましたが、母はその父が残した遺産で働かずとも普通の生活をしています。そう多額でも無いのですが、税理士を紹介してもらって、書類の作成や税金対策を行ってもらいました。この税理士も、学会の内部を通じて紹介してもらった方です。

しっかり仕事をして頂ける方ではあるのですが、相続が落ち着いて、残った遺産をうまく運用しなければ(増やしたいのではなく、税金として取られる分を少なくし、将来は私や孫に残したい)、と話を出したら「そんなに考えすぎないで、財務で出せばいいんですよ」と言われたそうです。
これにはさすがの母も「そんなことできるわけないじゃない」と。この話を聞いて、私の母は、常識を越えた事はしないであろう、と思ったのです。

2014年、非礼な地区婦とのやりとりを、簡単に母に伝えました。

学会という組織は、こういう点がおかしいと思う、と伝えたところ、
「アズラの言ってることは、もっともです。矛盾だらけの事いっぱいあります。」というメールがきました。
「伝えたいことが整理できないので、時間をください」と。

しばらくしてから、自らの経験などを書いた上で
「(日蓮の魂を墨に流して書きて候ぞ信じさせ給え)と御書にあります。御本尊様は最高です。功徳もありますが、自身の宿命転換は日蓮仏法を根本に世界の平和と一切衆生の幸せの実現、広宣流布達成の為に、日蓮仏法を拡大して行く事が学会活動であり、相手の方に理解していただく為に自分も勉強し力をつけるための教学もあり、相手に理解していただくために聖教新聞を読んでいただいたり、対話をしたり会合に誘ったり、相手の幸せを祈り自分も幸せになる、最高の生き方と思います。」とありました。

私は、母がそう思って活動をするなら、それは良いと思っています。常識を逸脱した行為がなければ構わないと思っています。

「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」。そして、宗教は個人の自由である。そう思うからです。

ただ、「世界平和と幸せを願う宗教団体が、「極悪打倒」「○○寺粉砕」なんて祈らないといけないのか」等々の疑問は常々ぶつけています。

母が活動するのは自由です。
しかしながら、私にあれこれと言ってくると、ひっかかります。
自分はどうなの?と言いたくなるのです。




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by awake_2014 | 2014-12-17 00:00 | 4.家族、友人 | Comments(0)

4-1.親友?

私は、あまり友人の数が多い方ではないのですが、その中で、高校時代に出会ったA子とB子がいます。

A子は離れた土地に住んでいますが、B子は私が結婚して引っ越したことで、同じ区内になりました。そして、このB子は、バリ活の創価学会員。出会った頃は、私も高等部としてバリ活だったので、そういった点でも話が合っていました。
B子とは、高校を卒業してからも、よく深夜まで遊ぶ仲でした。A子は進学でこの土地を離れましたが、メールで何でも話し、互いの結婚式も出席しました。

B子は近くに住んでいましたが、出産し育児に忙しく、創価の活動も頑張っていて、会う時間もなくなっていました。その頃から、趣味に時間を費やし、そこで知り合ったのが今の夫です。

会う時間が無くとも親友としてメールで互いに会話を続けていました。しかし、ショックなことがおきたのです。

2012年3月。二世帯同居している認知症の義父のことや、強烈な夫婦喧嘩。主人の仕事、私の育児、お互いストレスが溜まっていた時でした。一人だったら家を飛び出してしまいたい、と思う程の喧嘩…というか、私が一方的に攻撃されて、大泣きして、階下で同居する義母が部屋にやってくるほどでした。

私はボロボロになって、その事を長いメールで申し訳無いと思いつつ、親友二人に送りました。聞いて欲しかったのです。

B子からメールがきました。そこには

======
まだ読んでないけど、ファイト(絵文字)
最近、年をとったのか長文メールを携帯で読むのが大変になってきたというか…(絵文字)
(略)
冬は必ず春になるから(絵文字)

=======

そんな励ましあるだろうか…。「読んでないけど、ファイト」。そして、「冬は必ず春になる」まさに、創価学会的な一言。
この2つがクロスして、私は彼女に対して嫌悪感が出ました。

一方、A子は、深刻な内容を読んで、翌日の朝、電話をくれました。まだ私の子供が手のかかる時で、ゆっくり話すことができなかったのですが、心配して電話をくれて、その後も「話はいつでも聞くからね!」とメールをくれました。電話を持ちながら、私は涙を我慢しました。子供がいなければボロボロ泣いていたと思います。

それから1週間ほどして、B子からメールがありました。
「色々重なって辛い時に役に立てなくって、余計ショックに思わせるような事を言ってしまってごめんね。」

私も返信しました。
「親友だからこそ、私も「正直「読んでないけど、ファイト」は、ちょっとショックだった。
 あの時は、娘と二人で家を出ようか、実家も頼れないし、子供と二人でどこかに出ようか、と真剣に悩んでいたほどだったから。
 同時に、私が甘えすぎてた。卒園・入学で忙しいだろうし、学会活動も役職があるから忙しいよね。」

すると、B子からの返信。
「心配りの出来ない言葉で余計に傷つけてしまってごめんなさい。色々書くと言い訳になるけど、地区婦になってから、今まで以上に周りに気を使って、・・・(以下略)」

「地区婦になってから」

地区婦人部長になると、活動が忙しくて、こうなってしまうものなのか…。
そう思いました。
それから数ヶ月、私はB子と連絡を取りませんでした。
後に、B子と連絡を取り合い、会った時に「あの時はごめんね」と言われました。またメールのやりとりもするようになりました。

しかし、その後も時折、何かメールを打っても、B子だけ返答が無い事も多々あり、その度に、あの出来事を思いだすようになり、長いメールを打てなくなりました。
会わない上に、メールのやりとりも減っていきました。






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by awake_2014 | 2014-12-16 00:00 | 4.家族、友人 | Comments(2)

3-5.覚醒後の生活・2

2014年秋になって地区婦からメールがきました。何ヶ月ぶりでしょうか…
その内容は、

=====
お久しぶりですみません。広布部員の申込み時期となりました。
○○記念講堂が完成する年!是非真心の財務をお願い致します!
申込書、お渡ししたいのですが、都合のいい日、教えてください!!
=====

無礼な発言をし、謝罪し、数ヶ月ぶりのメールがコレです。「!」がいっぱい…。
年頭から秋まで一切会合に出ていない私に、財務?
やると言ってないのに、申込書渡す?

父の遺産を母に託した私は、母から納税義務のいらない程度の小遣いを毎月もらっています。
それには、専業主婦で稼ぎのない私に「聖教新聞をとってね」というお金も含まれています。財務も、です。
これほど覚醒意識が芽生える前も、財務には不信があったものの、母の思いをくんで1口続けてきましたが、もう無理でした。
金の亡者である組織に一銭も出したくない、と思ったのです。

「広布部員の申込みをする意志はありませんので、申込書は不要です。」
そうメールで返すと、
「確認です。今回?今後も?」
と即座に返信がきました。

創価の活動に疑問がある。活動に参加したくない。財務は申し込まない。
でも今後はやるかも?
そんな人いますか?(笑)

活動していようとなかろうと、財務はきっちり取りたい。
そんなところでしょうか。

覚醒してから、色々調べていたら、今から約20年前、今は中止となった「高額納税者」が公表されていた平成6年度当時、池田名誉会長は7億円(納税額2億4千万)秋谷会長は6千万(納税額2千万)です。
税務署が出しているものだから、間違いありません。数名いる副会長、理事長も、それぞれ、1年で数千万の収入です。
組織としてそれほどの収入があるなら、マメに書籍を出して会員に購入させることなんかないのに。
薄い冊子にでもして、全員に無料配布すればいいのに。
…と思う程です。

その後、白ゆり長からは、民音賛助会員の手紙がポストに入りました。
2013年の終わり、地区婦から依頼され、支援するつもりはないものの支払った年会費500円。
当然ながら、支払うつもりがなく、メールで意志を伝えました。

「民音賛助会員ですが、宗教法人として不要な多角経営的な事業展開と感じること、チケットの購入割当等、理解できない点があることから、お断り致します。」

すると、白ゆり長から返信がありました。
「私は、難しい事は、頭が悪いから…ってあまり考えて無いけど、アズラさんって、たくさん考えているんですね。私も、もっと物事を良く考えるように頑張ります。」

難しいことはあまり考えない…?
あまり考えずに、言われるままお金出しちゃってます、ってことかしら?
MCというか、素直というか、何というか…。

2014年の年末に衆議院選挙がありましたが、その際も白ゆり長からメールがありました。
「明日選挙の報告があるが、頼めましたか?見込みでも構いません。」
とのこと。

意味の無い報告です。
私は、「マニフェストを読みましたが、疑問点があるため、他の方に選挙依頼をするつもりはありません。私自身、他党のマニフェストを読んで、判断するだけで、投票ギリギリかと思います。」と返信しました。

すると、
「そうですか~。それは残念だけど、アズラさんが1票入れて下さるなら、それが一番良いです(絵文字で笑顔) なので、よろしくお願いしますね!」

やはり、あまり考えない方のようです。
私、公明党に1票入れるって言ってませんが。
人に頼むとかいうよりも、自分自身、突然の解散・選挙で、あちこちのマニフェストを読んで比較するだけで手一杯だ、と書いたのですがね。

こうして、私の2014年は終わりました。
いろいろありながらも、決心して、行動して、良かった。そう思えた1年でした。





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by awake_2014 | 2014-12-15 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(0)
2014年春のことです。

2012年3月、ショックを受けたB子からのメール。(4-1.親友? 参照)
そして、2013年12月と2014年2月、地区婦人部長の非礼。
明らかに、私は創価からも地区婦からも離れたい、と思っていました。

そんな中、私の誕生日がきました。地区婦人部長をやっている友人B子からも「お誕生日おめでとう」のメールが来ました。
「色々あったが、長いメールを送るのは気が引けていた。毎日慌ただしいが家族元気が一番」といった返信をしました。

長いメールを送るのは気が引ける…2012年3月のコトが、トラウマなのです。
あれ以来、私は、あまり長文のメールを送らなくなりました。送っても相手に迷惑なだけ。送っても適当な返事があるだけ。そういう思いが消えないのです。

そして、B子は「おめでとうメール」をきっかけに、長いメールを送ってきました。
非礼の地区婦人部長のことで、です。
B子と地区婦は、中学の部活の先輩後輩から始まり、女子部時代も共に活動した間柄なのです。

長文のメールやりとりは、3日にわたり、お互いに時間をかけ、考え抜いたメールを送り合いました。
しかし、「水と油」なのです。
バリ活のB子と、非活の私、お互いが丸く収まることはないのです。
B子は、必死に意見を出してきました。私も思うところ反論しました。

いくつか抜粋すると、私の創価に対する疑問点と重なるところがあります。

=====
『(地区婦)を嫌ってるようだけど、そこまで怒らないといけないの?
(地区婦)すごく気にしてて色んな人に指導受けてた。
会合に出て、人と話して元気になって前向きに活動してもらいたいって思ってるのに「あの人が嫌いだから会合出ない」って、ただの怨嫉。
その人の為に信心してる訳じゃないよね、「先生と共に」だから。』
=====

創価はすぐに使います。「怨嫉」。会いたくない、見たくない、だから会合に行かない。
そうではないのです。まあ、もちろん、あれこれ私に対し、否定する言動があったのですから、地区婦のことは嫌いです。人として。会いたくありません。
しかし、それは、あくまできっかけなのです。地区婦がイヤだから、なのではなく、創価という組織がイヤなのです。
すぐ「怨嫉」という組織が。「創価池田学会」になってしまった組織が。

=====
(20年以上前の宗門問題の時から、私は創価学会という組織に疑問を抱えてきた、に対し)
『随分長いよね。なんでその都度先輩に指導受けなかったの?こんな気持ちで、信心したってつまんないのに。何かあればすぐ疑って、ネットや外部の意見尊重して。』
=====

バリ活さんの口癖です。「週刊誌やネットは、嘘ばかり。」
確かに週刊誌などは売り上げアップのために、嘘の内容が載せられ、結果、裁判沙汰になり敗訴する、ということも多々あります。
しかし、ブログというツールが定着した今、数知れないほどのアンチ創価ブログがあります。中には、偽物もあるかもしれません。しかし、学会2世、3世で、言われるままにやってきた…と、ご自身の体験をありのままに書いていらっしゃる方もいます。
それすら疑うのなら、聖教新聞の勲章記事の方が、よほど怪しいところです。

=====
『確かに都合の悪い事は、新聞にも載せないし、宗門の悪口ばかりが掲載された時は新聞やだなって思ってた。組織だから納得出来ない事もあるし、なんで?って思う事もたくさんある。』
=====

バリ活さんでも疑問がたくさんあるようです。

=====
(色々並べられる内容に対して、私の意見を返答し続けていると)
『疑問をぶつけられてると言うか、何か言い負かそうとしているように感じる。
私はただ学会から離れてほしくないし、活動してもらいたいからメールしたんだけど。』
=====

いやいや、言い負かそうとしているのは、どっち?

=====
(地区婦が多忙、ということでメールの返事が曖昧だったことについて)
『「地区婦」に関しては、行き詰まってた。これはきっと分かってもらえないと思う。
極端だけど、疑問点が全て解決したら地区婦が出来る?喜んで信心出来る?』
=====

分かろうと思わないし、地区婦をやろうとも思ってないし…。
既に、ヤングで役職に対する不信が確立して、グループ長を断った私ですから。
私の持つ疑問点が全て解決…それはあり得ません。
解決するとしたら、創価学会が創価学会では無くなる時です。

=====
最後の方は諦めモードになったのか、
『私もスーツ会合で着るのは面倒だよ。』
『選挙は私も好きじゃない。学会は極端だから一直線過ぎて、ついていけない。』
『集団的自衛権の事は詳しく知らないんだ。』
となり、

『学会がいつも必死なのは、昔から。勤行唱題を長いことしてないなら不信になるよね。やらなくても生きていけるしね。』
『疑問や不満があっても勤行や題目はやらないより、やった方がいい。その疑問と不満をぶつければいい。先生と自分の原点は何だったのか、思い出した方がいい。』

勤行唱題をしていないから、学会不信になる…。もうMCですね。

=====
(「願えば叶わないことが無いのが信心なんだよ!」なら、もっと祈って叶えて実証を示して欲しい。と書いたら)
『全部が自分の思う通りに叶うならみんなやるよね?
でも実際はそうじゃないでしょ、自分の都合良く捉えて、感謝して、前向きに生きていける。それじゃ納得出来ない?世の中、全てが完璧じゃない。
「願っても叶わないこともあるけど、信心ってすごいよ」って指導されて納得出来る?そんなのやりたくないよ。』
=====

全てが思い通りに叶う…なんて思っていないけれど、でも創価の指導では「祈って叶わないことはない」って、ずーっと言われてきたんだけどな。
「願って叶わないこともある」そうなら、正直にそう言えばいいのに。
「願って叶わないこともあるけど、すごいよ」それが真実なら、叶わないこともあるけれど、自分を良い方向へ変えられるんだよ~とか言えばいいのに。
だから私は「祈って叶わないことはない」って堂々と語る人が多い組織がイヤなのです。きれい事を語るのが。

=====
『活動しない人に限って学会員に厳しい。幹部だって人間なのに。』
=====

そりゃそうです。お花畑の中で手を繋いでいる同士、手厳しくなることはありません。
疑いがあるから、だからこそ、じゃあ、あなたが実証とやらを示してくださいよ、と言いたくなるのです。

一般的に「組織」というのは、幹部には厳しく言うのは当たり前のことです。
会社という組織にしても、営業部長が「しっかり働け!契約とってこい!」って指導してても、実際は契約全然とってない、となれば、おかしいだろ、ってことになるのは当然。
学会の役職は、上から指名されてではあるけれど、最終的には自分でやります、って引き受けたんですよね、やりますって言ったんですよね、というのがあるのではないでしょうか。

会社の業務命令なら拒否したら左遷されるかもしれないけど、学会は利益追求ではないから、嫌なら引き受けなければいいし、引き受けたならば…、というか。
もちろん幹部だって人間だから、弱い面もあるし、色々あると思いますが、会社の部長課長と違って、学会の幹部は、その人の人生というか、生き方というか、そういうところを指導するポジションだから(宗教根本だから当然だけど)、余計に厳しい目になるんだと思います。

=====
『私だって偉そうな事言ってるって思われてるかもしれないけど、その分、アズラより活動してきた。やめたくても続けてきた。イヤな事が沢山あっても逃げずにやってる。』
=====

逃げずに続けることが素晴らしい、ということでしょうか。
確かに、学業や仕事はそうことも当てはまりますが…。自分の意志である信仰の自由。これに「逃げ」はないと思います。「逃げ」ではないのです。「不信感があるからやめる」なのです。「逃げ」という表現は、バリ活さんから、よく聞く言葉でもあります。

お互いに子供が寝静まった深夜に長いメールを打ち、3日ほど。
互いに見ている方向が違って、水掛け論でしかない。
お互い、家庭、育児、仕事、活動があるから、このへんで締めたいと思う。
そうまとめて、メールを終えました。

高校時代からの友人でしたが、根本的な考え方の違いを知る出来事となりました。
彼女からすれば、「アズラが変わってしまった」なのでしょうが。
私からすれば、私が普通になった、だけのことなのです。






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by awake_2014 | 2014-12-14 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(0)

3-3.覚醒後の生活・1

2014年春。
もう非礼な地区婦云々…ではない。色々調べると、創価という組織に不信感が芽生え、大きくなりました。
活動はしたくない。覚醒の道を進もう。
そう決めました。
(既に会合も出ていませんでしたし、まともに勤行もしていませんでしたが)

そこで、毎月連絡をくださるグループ長に短い手紙を書きました。
このグループ長は、80代のお婆ちゃまです。(携帯を持っていません。なので、メールでなく、手紙、です。)
私が2013年の年末、地区婦が推薦し、支部婦がプッシュしてきたグループ長。私が断ると、他に人がおらず、このお婆ちゃましかいなかったのです。

=====
今年から在宅の仕事を始めた。それをきっかけに地区婦から色々と言われて傷ついた。
以前から創価の活動に疑問があり、改めて考えるきっかけにもなった。
色々と考え、現状、会合に参加したり、活動する気持ちにはなれない。
主人もこの件に関して不信が強まっているので、訪問もやめてほしい。
=====

正直なことではありつつ、少し心が痛みました。
数日後、手紙がポストにありました。

=====
ただただ驚いている。
お二人(地区婦と私)のことを思うと悲しい。
長いこと、悩まれていたことが分かった。
私にはお題目を送ることしか出来ない。
今後は、焦らずゆっくり考えていかれればいいと思う。
グループ長という立場なので、会合の連絡だけは事情を理解してやらせてほしい。
どうぞご主人を大切に。
=====

当たり前ですが、どこでも常識のある人、ない人、がいます。
私が否定する内容を書いたにもかかわらず、心配し、配慮し、気配りをしてくださる。
私は素直に尊敬しました。
人として、こういう気持ちを持ちたい、と。

そして、新たな白ゆり長にも、同じような内容をメールで送りました。
白ゆり長も、グループ長と同じような返答でした。

以後、訪問はなく、何かあるとポストに手紙が入るだけ、となりました。

そして、地区婦からの連絡は一切ありません。
私が非活動になり、会いたくないのか、放置状態なのか。
ヤングの時、支部婦が言っていた言葉を思い出しました。

「相手が嫌ったり、離れていくなら、それまでなのよ。」

信じる者同士が仲良くやっていく…そんな組織に発展があるのでしょうか?

地区婦人部長、グループ長、白ゆり長。地域の婦人部に非活宣言をしましたが、他の方からも何もアクションはありませんでした。
2013年の終わりに、私をグループ長にしようと、メールや電話をしてきた新たな支部婦人部長も、「ヤング卒業」の連絡以降、2014年の最初を過ぎてから1年間、全く何もありません。訪問はもちろん、メール、電話、手紙も、です。
さらに、ヤングで副だった頃、あれこれ指導していた本部婦人部長(前・支部婦人部長)もです。

会合に出ない。
そう言ったことで、「どうしたの?」「また出てきて」ぐらいの連絡があるかと思いきや、全くありませんでした。
何かアクションが起きるかもしれないぞ、と心構えを持っていたのですが、必要有りませんでした。





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by awake_2014 | 2014-12-13 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(0)

3-2.「覚醒」の確信

地区婦との一件があり、ネットで検索すると、同じように、学会2世、3世として育ってきたが、創価に疑問がある、おかしい、家族が崩壊した、脱会したい、等々、思いを訴える方が多いことに気づきました。

私だけじゃ無かったんだ…。

身近にこのような疑問を話す相手がいませんでした。
創価の人に話しても、ああ言えばこう言う…のループです。「創価は正義」「先生は正しい」「組織から離れちゃいけない」…。
だから話しませんでした。

しかし、ネットでは、皆さん、自分の正直な考えを書いています。
よく創価では、週刊誌はデマばかり、と言います。確かにそういった部分もあるかと思います。

でも、個人の思いは、利権もしがらみもありません。
ただ、思いを伝えたいだけ。

覚醒してからのこと、家族とのこと、皆さん、色々な想いを綴られていました。
そんな中、拝見していたブログにあった言葉…

「組織でいわれているような「仏罰」は、ありません。」

私は、この言葉に背中を押されました。

創価に疑問を感じていたものの、産まれた時からの刷り込みというか、マインドコントロールというか…によって、「創価に背を向けたら大変な罰が当たる」という意識が心に焼き付いていたのです。

しかし、冷静に考えれば、子供の頃も、必死に、勤行唱題をしていた子ではなかった。
大人になってからは、疑問を感じ始め、仕事中心でやってきた。
確かに病気もした。手術も経験した。でも普通に生きているじゃないか。

そう思いました。
しかしながら、このマインドコントロールは厄介で、過去に言われたことが邪魔をするのです。

「あなたがやっていなくても、お母様が祈っているから、大事に至ってないのよ。」

何か問題があれば、今乗り越えるのが使命だと言われ、
良い結果が出れば、祈りきったからだ、これからも!と言われ、
悪い結果が出れば、まだまだ祈りが足りないのだと言われ。
特に祈ってないといえば、母が祈ってくれているからだ、と言われ。

無限ループです。

そして、「功徳も罰も、三世に渡る」とも言われました。
自分が頑張って得た功徳は、子供や孫にも繋がるものだと。
逆も又然り。罰も孫まで繋がるのだと。

冷静に思えば、恐ろしい話です。
やめたら罰が当たり、それは孫の代まで続く、というのです。

しかし私は、気持ちを固めました。
ここでしっかり覚醒しなくては、と思いました。
子供のためにも、です。

私は産まれた頃から創価で、「子供の頃」にも書いたように、会合に連れ出されました。
夜の会合に行き、21時頃帰宅することに疑問を感じませんでした。

しかしながら、母となった今、18時に夕飯を共に食べ、20時に入浴し、21時に布団に入る生活をするようになりました。
あの頃の私は、おかしかったのではないか、と。
修学旅行で、神社仏閣に行けば、邪宗だから罰が当たる…と思い、満足に見学もせず、歴史を敬う心などありませんでした。

我が子にそんな思いはさせたくありません。
信仰を持つとしても、自分の意志で決めて欲しい、と思います。






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by awake_2014 | 2014-12-12 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(4)
頭にきたメールのやりとりから2週間後、地区婦人部長から

「何分かお時間頂けませんか。新聞の領収書お渡しがてら。」

とメールがきました。
よく気軽にメールができものです。どんな顔で会おうと思ったのか。
「これから20年30年後を楽しみにします」と言ったのだから、次に会うのは20年後にして頂きたいぐらいです。

「お話することはありません。領収書はポストにお願いします。」
と返答しました。
すると、翌朝、ポストに領収書と手紙の入った封筒。手紙には、このような内容が書かれていました。

=====
年末からのメールのやり取りを改めて見返した。
アズラさんを分かった様な大変身勝手な発言だった。
きちんと会って謝りたいが、私が与えてしまったアズラさんへの不信感、不愉快、傲慢さ、余計な発言。
会ってもらえなくて当然。
池田先生の言われている「一人を大切に」「心遣い」に反していた。
心から反省した。申し訳ない。
相手の気持ちが分かる。側で寄り添える婦人部になっていく決意。
=====

文面の随所に「ごめんなさい」「申し訳ありません」「すみませんでした」の言葉がありました。

何をいまさら…。年末、2月と、人の仕事に文句をつけ、活動しなよ!言いながら、応援してるだの、詮索はしてないだのと。
勝手なことを言い続け、こちらを苛立たせておきながら、2週間たって。
「先生の指導は間違いないよ!」と言いながら、自分で反していた、と。

この時、かなりイライラしていました。返事をするのもイヤで、そのままでいました。
さらに、その1週間後、子供が幼稚園からバスで帰ってくる時、決められた近所の降車ポイントで待っていると、突然、地区婦が目の前に!

「ちょうど良かった~。会えて良かった~。手紙読んでもらえたぁ?本当にごめんね。」

おめでたい人だなぁ…と思いつつ、雨の日、傘を差しながらバスが来る方向を見て、「はぁ」と曖昧な返事をしました。
その間も、ずっとこちらを見て「ごめんね」の繰り返しです。

「題目あげてたら、すごく失礼だったな~って思ってきてぇ~」
「小単位とか、○○さんから連絡来ると思うから、よろしくねぇ」
「また何かあれば、どんどんぶつけてきて」

・・・・・。もう言葉がありませんでした。
語尾の「ぇ~」「ねぇ」も馴れ馴れしいったら…。
彼女が立ち去った後、苦笑いしかできませんでした。

胃が痛くなるような出来事でしたが、時間が経つにつれ思いました。
私はこの一件があって、創価から覚醒するきっかけを得たのだ、と。
後から冷静に考えると、感謝すべき人なのかもしれません。






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by awake_2014 | 2014-12-11 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(0)
そうして2014年2月。
大雪が降ったあと、娘と家の前で遊んでいると、地区婦人部長がやってきました。財務の領収証を渡すためです。

財務等、私は納得しない点が多く、やめたい気持ちですが、信仰心のあった父は、それなりの遺産を母に残して他界。私は遺産相続を放棄して、母一人が遺産を受け取りました。相続税対策でもあり、一人残った高齢の母が暮らすための遺産であれば、と思ったからです。

そういった事情もあり、母は、私のお小遣いとして、さらに、娘の教育費用の補助に、と、時折現金をくれます。(納税が必要ない小遣い程度です。)それには、働いていない私が、新聞を購読したりするための費用、も含まれています。
なので、私は新聞購読を続け、財務も最低限の1口(1万円)を続けてきました。

話を戻します。
地区婦人部長がやってきて、領収証を渡すと「仕事はどう?」と聞いてきました。「まあ、何とかやってます」素っ気なく答えると、またも矢継ぎ早に質問です。

私の母に問題があるのか。
仕送りの必要があるのか。
主人が仕事をしろと言ったのか。
主人との仲が良くなくなってきているのか…。

次々と出てくる言葉に、耳を疑いました。

私は地区婦人部長に、そんなこと、一言も話したことは無いのです。母のことも、主人のことも。
先ほど書いた通り、母は父の遺産があり、働かずとも普通に暮らせるお金があります。私に小遣いを渡す余裕もあるのです。主人は働けなどと言いません。仲も良好です。

私が何も相談していないにも関わらず、「仕事を始めた」というそれだけで、勝手な想像をして、勝手に人の家庭の内情を詮索しているのです。しかも、事実とは真逆の質問を投げかけて。
子供がいたので「そんなことはありませんよ」と言って、子供に「お昼御飯食べようね」と、その場を終えました。
しかし、年末同様、私はイライラしていました。いえ、同様ではなく、年末以上です。

私は、またもメールを送りました。



私からは、このような内容を送りました。

=====
私の母に問題があるのか、仕送りの必要があるのか、主人が仕事をしろと言ったのか、主人との仲が良くなくなってきているのか、等々、色々と聞かれたが、そのようなことはないし、そこまで聞かれるのかと驚いた。

母は父の遺産で暮らし、主人は働けとも言わない。どうして仕事をしたいのか細かく説明しなくてはいけないのか?

地区婦人部長は心配したことを口にしただけかもしれないが、一個人の家庭内事情を探るような話で、失礼と感じるし、勝手に心配されるのは余計なお世話と感じる。
同志の悩みを…と勇んでいるようだが、家庭の内情を詮索するような発言は控えるべきではないか。
=====

すると、このような内容の返答がきました。

=====
明らかに組織から離れて行ってる。
詮索してるつもりはない。実家が同じだから、同苦できるかと思った。
家庭内に口を挟むつもりはない。
ただ、去年のメールに、学会宣言しない、等があったので気になった。
勤行、新聞拝読してるからいい、それでは地涌の菩薩ではない。
やれる人だけやればいいって、違うのではないか。
=====

「明らかに組織から離れて行ってる」から始まりました。

私は、他人の家庭を詮索するような会話はやめたほうがいいのでは?と伝えたのです。
またも、バリ活婦人部の、自己主張の押しつけ、問題のすり替え、です。組織から離れているから、そんなふうに思ってしまうのよ、と。

「組織から離れちゃいけない」
よく創価の人が言います。「それはあなたのため」とも。
本当にそうでしょうか?
活動する仲間が減る、選挙で動ける人が減る、財務を出す人が減る…なのでは?

自分たちの事が正しいと信じるならば、離れたいなら離れればいい、また戻ってきたくなれば受け入れるよ、でいいのに。

私も返信しました。

=====
詮索しているつもりはない、と言うが仕事をすると言っただけで、「仕送りの必要があるのか」「主人が仕事をしろと言ったのか」と聞かれたことがない。
私が逆の立場でも、そこまで踏み込まない。
口を挟むつもりがないのに、このような発言をするのはなぜか?
何かあれば話してね、で十分だし、相談したければする。
学会宣言をしないといけない、活動をしないといけない、挑戦しないといけない、とあらゆる事を強制されるのが創価学会なのか?全て義務なのか?
そこまでして活動する気持ちはない。
=====

年末にも私の考えは伝えているのです。
「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」と。

すると、今度はこういった内容の返事がきました。

=====
「仕送りの必要があるのか」は私の体験上のこと。
「主人が仕事をしろと言ったのか」は聞いた覚えがない。
友達に仕事を始めると聞いたら、何かあったと思うのは普通では?
聞けないのは関心がないからか浅い友達か。
学会は、その方の家庭の状況を知らないと、元凶が分からないから聞く。
信仰は我慢してやっていくものではないと思う。
我慢や強制と思ってるうちは、何を語ってもお互い嫌な思いするだけ。
御本尊様あるのだから、全部ぶちまけて。
=====

「「仕送りの必要があるのか」は私の体験上」。
自分の経験を人に押しつけないで頂きたい。普通に暮らせるお金はあるのです。

「「主人が仕事をしろと言ったのか」は聞いた覚えがない。」
これには驚きでした。
私は、はっきり言われたのです。目の前で。「ご主人が仕事をしろってアズラさんに言ったの?」と。
主人が言ってもないことを勝手に想像して聞くから、私は頭にきたのです。

友達が仕事をすると聞いて、「何かあった」と私は思わないのですが。
しかも、地区婦人部長にとって、この「何か」は、良いことではありません。悪いことなのです。
仕事をする=知識を身につけたいから。社会に貢献したいから。人脈を広げたいから。
そういった仕事に対する良いことなど、バリ活の頭にはないのです。
仕事をする=経済的に厳しい。親が経済苦。主人が働くように言った。バリ活の頭の中は、仕事=お金のためにやらなければいけないこと、活動の邪魔モノ、なのです。
だからこそ、私が仕事をするつもりだと、年末に初めて言った時、
「働く時間あるなら、活動しなよっ!」「働くのって、逃げだよね」と立て続けに私に言ったのでしょう。

ママ友が「今度パート始めるの」とだけ言って、「仕送りが必要なの?」「ご主人が働けって言うの?」と、いきなり聞く人がいるでしょうか?私は聞きませんが。
よほど裕福なら別ですが、子供がいてこれからさらにお金がかかるとなれば、少しでも収入を増やそうと思うのは普通のことです。自分のお小遣いは自分で働いて稼ぐ、というのも、理解できる話です。

また、親しい友人であるならば、その人の環境も多少なりとも知っています。マイホームを購入した、とか、子供が3人いて、みんな習いごとをしている、とか。そういった状況を知っていれば「色々かかるもんね~」で、お互いにわかり合えるものではないでしょうか。友人から「母に仕送りが必要なの」等、悩みを打ち明けられるなら別ですが。
色々人によって考えは違うかと思いますが、私はこう思っています。

「学会は、その方の家庭の状況を知らないと、元凶が分からないから聞く」
「学会は」とありますが、私は他の人からそのような家庭の踏み込んだ話をされたことがありません。この地区婦人部長以外は、人並みの常識があるのでしょう。自分の行う非礼を「学会は」と書いています。いつからそんな組織になったのでしょうか?

このメールの返信を見て、怒りがこみ上げました。
もうこの人にはかかわりたくない。そう思ったものの、この点だけは伝えよう、とメールを送りました。

=====
「ご主人が仕事をしろってアズラさんに言ったの?」確かに聞かれました。言った方は忘れてしまうものなんですね。

子供が居る者同士であれば、短時間のパートをするといえば、それ以上、あまり聞きません。何かと出費が重なるのが分かっているからです。ご自身の状況では、理解できないのかもしれませんが。それ以上は、必要があれば、自らが話すことです。
浅い関係なら聞きませんし、親しい人なら互いを分かり合っているから聞きません。

私は家庭の状況を多くの人に話すつもりはありません。
(略)
おっしゃる通り、我慢、強制と思う部分が多々あるので、これ以上話してもさらに嫌な思いをすることになると思います。失礼します。
=====

すると、最後にこんなメールが返ってきました。

=====
長く語れて良かったです。
これから20年30年後を楽しみにします。ありがとう。
懲りずにまた連絡はするけど。
====

何という上から目線!
「20年30年後を楽しみにします」
これは、学会がよく言う「最後に勝利すればよい」ということの現れでしょう。

創価学会は、自分たちに背くものに対しては、ほったらかしです。いえ、ほったらかすのではなく、敵となるのです。
宗門問題の時「打倒!極悪日顕!」と散々わめいた組織です。(今でも、ですね)
退転した人に不幸な出来事が起こると、それ見た事か!と、話に花が咲くのです。

何か問題があれば、今乗り越えるのが使命だと言われ、
良い結果が出れば、祈りきったからだ、これからも!と言われ、
悪い結果が出れば、まだまだ祈りが足りないのだと言われ。
特に祈ってないといえば、母が祈ってくれているからだ、と言われ。

逃げ出せないループ。ある意味立派なモノです。

それにしても、自ら「懲りずに連絡する」って…。
「懲りずに」というのは、「失敗しても反省、学習しない」という意味なんですけど。
ご存じでおっしゃってるんでしょうかね…。

どこにもぶつけられない不信感、怒り…。
私はネットで色々と検索してみました。
すると、同じように、創価という組織に疑問をもつ多くの人がいることを知りました。






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by awake_2014 | 2014-12-10 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(6)

2-4.覚醒へ、ヤング卒業

思いをぶちまけたことで、私の心は少し落ち着き、すがすがしく2014年の新年を迎えました。

娘の3学期が始まって登園し、主人と二人の時間がもてるようになって、外で食事をしながら、秋~年末の出来事を話しました。
主人は一通り聞いてくれて「ガンガンやりたい人はやればいい。宗教は人に強制するもんじゃない。アズラは、自分が思うようにやれば、それでいいんじゃないか」と言ってくれました。

少し落ち着いたものの、また1月もヤングの会合を開催しなければいけないのだろうか…と思い始めていました。もうやりたくない、それが正直な気持ちでした。そう思っていたところ、1月は総区で開催する、とのこと。支部で開催日程を決めて…という私の作業はないことが分かりホッとしました。

その頃、久々に支部婦から電話があり、「またかけ直します」という留守電が続いたあと、メールがきました。 「直接お伝えしたかったのですが(略)本部婦人部長より連絡があり、○日の総区で行われる会合をもって、ヤング卒業ということになりました。」

あぁ、やっと終わった。
そう思いました。これで毎月「今月も開催しないといけない」という義務感から解放されるのです。

○日の総区の会合は、主人が出勤前の時間であり、欠席することを伝えると、「欠席届」が必要だと言われました。
1年前、「副ヤング長」に就任(というのでしょうか)する際の会合は、幼稚園の行事で欠席すると伝えたところ、この時、初めて「欠席届」を書くように言われ、その存在を知りました。

役職につくものが大きな会合に欠席する際は、あらかじめ提出する必要がある、とのこと。それは、白い便せんに白い封筒で、書式も決められていました。
「池田先生にお出しするつもりで書くように」とのことです。こんな底辺の欠席届を全て見るとでも?なぜわざわざ白い便せんに封筒で?親族に礼状を書くために、ちょっと小洒落た便せんと封筒はありましたが、真っ白な便せんなど、退職届を書いてから使った記憶もありません。面倒ながら100円ショップで購入して書きました。

またそれを書くのですが、今回の理由は、未入会の主人が在宅しているから、です。そのままの理由を書くのでしょうか?と尋ねれば、それでいいと思います、と。
形式はしっかりしているのに、中に書く内容は「未入会の主人が在宅時間のため」です。いちいち書面として書くことなのでしょうか?こんな所だけ形式張っていることに、違和感がありました。

その後、資料等をポスト投函してもらった際に入っていた手紙で、同じく支部のヤングだった、Aさん、Bさんも、同じくヤング卒業となりました、とありました。

この、ヤングって…なんだったんでしょう?
私自身が、ヤング卒業と知った時、AさんとBさんはどうなるんだろう?この支部のヤングってどうなるんだろう?誰が「長」をやるんだろう?と思っていました。
こうなると、「長」をやる人もいないし、みんな卒業ってことで…という雰囲気を感じます。

誰に聞いても、「ヤング」の明確な返答がないのですが、どうなのでしょう?「小さい子がいる主婦」としか聞きません。Aさんは、一番したのお子さんが幼稚園(だったはず)。Bさんは、上は小学生、下は2歳位。私の子供は幼稚園。それぞれバラバラな状況ながら、一斉に卒業です。卒業の基準が分かりません。
例えば、子供が0~4歳まで、とか、ヤングは基本3年間とか、そういう明確な基準というものはないのでしょうか?その地域の幹部の思惑で決まるものなのでしょうか?
…まあ、今となっては、どうでもいいのですが。

新年から、義務的な会合がなくなり、ストレスが無くなりました。日程を考えることもなく、プリントを用意することもありません。会合の連絡をすることも、家庭訪問をすることもなくなりました。

在宅の仕事も、大変ではあったものの、以前、仕事をしていた仲間の紹介であり、気心知れた人だったので、普通の会話が楽しく感じられました。
ヤングを卒業し、地域のグループ長も断りました。
ストレスで子供に八つ当たりすることもなくなったのです。






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by awake_2014 | 2014-12-09 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)