<   2015年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

伝えるべきコト

前回の記事から、1ヶ月経ってしまいました。
仕事に家事に育児に…色々と忙しく、充実した時間を過ごしております。
いらん新聞もなくなりましたしね♪

以前の私は、「反創価」の方のブログが更新されないと、大丈夫なのかな?と、勝手に変な心配をしていたのですが、自分がブログを書くようになって、分かりました。
(全ての人がそうではないのですが)私の場合、創価の事をあれこれ書く時間がもったいないし、充実してるし、忙しいし、なのです。
そして、同じ気持ちの方のブログを拝見し、なるほど、そうだな、等々、日々、覚醒したことの確信を強めさせて頂いております。


さて、そうして精神的に穏やかな5月を過ごしておりましたが、久々にトンチンカン地区婦からメールがきました。

「この度、助教授、助教授補、青年教授三級の資格を持つ方が対象の、教授補の受講があります。
 アズラさん対象者なので、説明と書類をお渡ししたいのですが、○日まででご都合のいい日教えて下さい。」

4月に新聞をやめます、というやりとり以来のメール。
その時は、絵文字使ってフレンドリーな感じでしたが、絵文字もなくなっていました。
…というか、私は2014年の年頭に怒りを感じて以来、絵文字なんて使っていないし、ビジネスライクに必要事項だけ書いていたので、いつまで絵文字つけてくるんだろ?と思っていましたが。

確か高等部時代に教学の試験を一度受けた記憶がありますが…勉強会に出たり、あれこれ覚えたり、よくやったもんだと思います。
だって、教学よりも勉学ですよね。高校生ですもん。

覚醒した私に、教授補などという地位は必要有りません。
「教学の講義は、受ける意志がありませんので、お断りします。」と返答しました。

すると、すぐに返信がありました。
「了解しました。
 全く別の話しですが、(お婆ちゃまグループ長)が先週、くも膜下で倒れ、手術は終わってますが、予断を許さない状態です。アズラさんも一緒にお題目を送って下さいね。よろしくお願い致します。」

4月25日付で「必死さが哀れに感じました」という記事を、
2月2日付で「今、アレなんでね」という記事を書きました。
繰り返しになりますが、「3-3.覚醒後の生活・1」に書いているように、グループ長は80代のお婆ちゃまです。

私が2013年の年末、トンチンカン地区婦が推薦し、支部婦が私に、ヤング卒業と引換にプッシュしてきたグループ長。私が断ると、他に人がおらず、このお婆ちゃましかいなかったのが実情です。お婆ちゃまも、「他にやる人がいなくて…若い人がやってもらえるとねぇ…」と、私にグチをこぼしてました。

そのお婆ちゃまが倒れられたと。
メールのやりとりは金曜日。一般的に「先週」と考えれば、1週間は前。
覚醒して、会合に出ず、新聞もやめた私に連絡が無いのは当然のことかもしれません。

しかし、私が、へ?と思ったのは、そのお婆ちゃまが予断を許さない状態であるにも関わらず、先に伝えたのは「教授補の受講」。
予断を許さない、一緒に回復を願って欲しい…ならば、その方が先に伝えるべきことじゃなかったのかしら…。
こんな私ではありますが、全く知らない人ではありませんし、一応、名簿上はグループの一員であり、結婚してこの土地に来た時から世話をしてくださった方です。

選挙の時は、3月22日付の「背筋の凍る選挙活動」で書きましたが、どうでもいい、いらん情報は、張り切って、メールアドレスをひけらかして送信してくるのに。

私は何も返信しませんでした。
題目をあげるつもりはありません。しかし、近くにある有名な寺社を通りかかった時、足を止め、本殿の方向を向いて、お婆ちゃまが回復されますように、と心で祈念しました。

「○○の本殿に向かって祈念してきました」と言ったら、どう返ってくるだろう?
罰当たり?祈らなくていい?
いやいや、回復を願う気持ちは、同じなんですが。

そして、ふと想像してしまいました。
もし私が同じようなことになったら、「創価に背いたからよ」「罰が当たったんだわ」なんて言われるんだろうなぁ…なんて。

今はただ、お婆ちゃまグループ長の回復を、純粋に願っています。






[PR]
by awake_2014 | 2015-06-07 00:00 | 5.その後(2015年) | Comments(10)