葬儀のことを考える

毎度のことですが、また1ヶ月以上あきました。
でも、やっぱり元気です。毎日平穏に過ごしております。
子供がちょっとケガした、という事ぐらいでしょうかね。
でも、予定よりも早く完治して通院終了となりましたし。
「守られたわぁ…」ではなく、子供の治癒力ってすごいな!です。

そんな中、ネットを見ていたら、こんなのを見つけまして。
創価学会は僧侶なし、香典なし 友人葬という先端〈AERA〉
https://dot.asahi.com/aera/2017080400065.html?page=1

なんか、学会員が書いた記事か?という程、友人葬を褒めてます。
お金かからない、みたいなこと書いてありますけど。
そりゃぁ~ねぇ~。死ぬ前にいっぱい払ってるんだもん。最後ぐらい、お食事代程度の導師で終わってくれないと。
書籍買って、人の分まで新聞買って、選挙で票集めて、広布基金出して。
だからですよ、って記事に書いてもらわないと誤解されますね。

記事では、学会員ではないけど友人葬したいと相談されたのでやって、300万の葬儀代が80万ですんだと喜んでもらえて、学会の理解を深めてもらってる、という内容もあるのですが。

いやぁ…もう、その人はターゲットですよね。今は葬式も広宣流布ツール…。
今度座談会に来てね、から始まって。逃げられないですよね、お安く友人葬やってもらっちゃってるし。新聞入れられて、選挙の度に電話がきて…。
っていうか、安くあがって喜んでるわけで、それが学会の理解なのかしら、ですけど。
確かに、一般的なお坊さんだと、結構な額を包んだり、戒名つけるのにいくらとか。戒名でも、こういう漢字が入ると高い、とか。なんじゃそら、というお金が出ていきますからね。

私もそれはどうなんだ?という気がします。戒名ないと成仏しないですか?みたいなね。
いくら立派な葬儀をしても、ものすごい漢字使った戒名でも、豪華なお墓を建てても…いつまでも故人を思う人がいないんじゃさ…。お墓立派でも墓参りされないんじゃさ…。そう思います。
我が家は、私も主人も父が他界してますが、家族で夕飯食べながら、じーじはこんなだったよね~、なんて、頻繁に話題に出てきます。それが一番の供養だと思ってるので。


私の父も、やはり友人葬でした。
熱心な活動家ではなかったけれど、人生のピンチを救ってくれた、と言ってましたのでね。若い頃ギャンブルとか投資で失敗して、そこから立ち直ったのはこのおかげ、って。

まあ、実家周辺の学会員さんが大勢来て頂きまして。一緒に読経してくれまして。
それは娘として感謝でした。
でも、いっぱいいっぱいだった葬儀を終えてしばらくしてから…。
何だかよく分からん人が、最後に父の骨を拾ってたのが、何だかね…。
私としては、え~、火葬場までこんなに来る?って感じだったんです。
私が子供の頃からお世話になった方とかならまだしも、結婚してから実家を離れて数年。そんなに親しい方なんかしら…っていう。
なんかこう…同志ですから!みたいな空気を感じたんです…。


偶然、この記事の少し前に、母とメールをやりとりしている時、色々な話しの流れで葬式の話題になりまして。
正直に母に伝えたんです。
今さらだけど、お父さんの葬儀で、私の知らない人が大勢、お父さんの骨を拾っていたのが、何か違和感があった。親族と長年の知り合いなら分かるけど、何か…って思った。
そして、
お母さんは、いつか自分の葬儀をする時、大勢の人が来てくれた方がいい?家族葬みたいにこじんまりの方がいい?
って聞いてみたんです。そしたら
私は家族葬でいいよ。今は簡素化が流行だし、こっちの親戚もみんな年取って動けなかったり亡くなったりだし、そっち(私の嫁ぎ先)の親族は関わりがないし。○○さんのように、亡くなった後に手紙で知らせてもらえればいいなぁ、と。来てもらっても気を遣うだけだから。お香典もお返しもなし。もちろん坊主はお断り。学会以外の葬儀屋は、あちこち追加してお金を取るからね。等々。
…と最後は婦人部モードでしたが(笑)
母の本音を伝えてもらって、良かったな、と。

こういう話って、元気なうちじゃないと出来ませんからね。
寝たきりになってから話せないし。本人が、こーしてくれ、っていうならいいけど。

私の嫁いだ今の家では、お墓を近くにお引っ越しさせる話が出てまして。
そういうのをきっかけに、いざとなったらどうするのか、っていうことを、色々聞いておくのって大事だよな、と思いました。
結婚式みたいに、事前にじっくり準備できませんからね、ホントに。
お盆を迎えるにあたって、そういう会話をするのもいいかなぁと思いました。

自然災害が猛威を振るっています。夏の暑さも危険レベル。
どうぞ皆様、お身体ご自愛くださいませ。




[PR]
# by awake_2014 | 2017-08-09 00:00 | 7.その後(2017年) | Comments(14)

独居高齢となると…

またも(って、もう恒例ですが)間が開いてしまいました。
しかし、以前も書きましたが、間が開いてるというのは、日々平穏、ということです。
創価に対して、何かあって、なんだよー、んにゃろー!ってこともなく、普通に生活している、ということです。
あー、あのガーガー言ってる主婦、やっぱり罰が当たったのよ、静かになっちゃって、と思わないでください(笑)。
なんかこう…特に何も無いので、ガーガー言う必要も無くなってる、というか。
バリバリだった元地区婦とか、白ゆり長だった人とか、どこ行ったんだろう?と気になるほどです。以前は近所ですれ違うこともあったのに、まーったくお見かけしませんし。

そりゃ多少の山あり谷ありはありますが、それは人間、誰しも同じですもんね。
前回、入院していたと書きまして、退院後も薬の副作用が出たりでしばらく大変だったのですが、それも1ヶ月せずに元通りになりましたし。健康であること、平凡ながらも普通に生活できることに感謝、しております。

何だか、母もあまりあれこれ言うのは諦めたのか、最近は、新聞にこう載っていただの、グチった後に祈れば…とか言ってくることも減りました。
会合に行ってきたとか、婦人部が、という話はありますが。

でも、それはそれでいいと思っています。
これも以前書きましたが、70過ぎた高齢者が独り暮らしとなると、何かしら世間とつながりがあった方がいいのです。
創価に入れ込んで、とんでもない金額を寄付=財務してる…ってんであれば、さすがの私も止めに入るつもりです。
が、母は、常識を越えた財務をする気はなさそうですし。(ここで書いています。
母自身も、「会合でも無いとあちこち歩かないしね」なんて言ってますし。
適度に出歩いて、会った人とお茶飲みながらお喋りして。それでちょっとでもポジティブになれるなら、そんなニセ団体やめろ~!とは言えません。逆に辞めたら、閉じこもって不健康になりそうです。

二世帯同居の義母は、実母より年が上で、それでも週の半分はお手伝いの仕事に出るような元気な方でしたが、先月末あたりから体調を崩し、どうも家に閉じこもっています。
仕事に行けば、そこで一緒の方とお茶を飲みながらあれこれお話もするようですが、ここ最近、足が痛い、ふらふらする、と、閉じこもり気味。
こういう姿を見ていると、家庭訪問が好きな婦人部というのは、独居&高齢になればなるほど、離れられない存在なのだな…と感じてしまいますし、主人も私と同じ意見のようです。

梅雨時になると、じめっとして体調が…と言いたいところですが、今年は梅雨に入っても全く雨が降らず。
日中は30度を超えることもあって、既に暑さとの戦いみたいな感じですが。
元気なのは子供だけ(笑)。子供についていく体力をキープせねば!
皆様も、どうぞお身体ご自愛くださいませ。




[PR]
# by awake_2014 | 2017-06-20 00:00 | 7.その後(2017年) | Comments(0)