2-4.覚醒へ、ヤング卒業

思いをぶちまけたことで、私の心は少し落ち着き、すがすがしく2014年の新年を迎えました。

娘の3学期が始まって登園し、主人と二人の時間がもてるようになって、外で食事をしながら、秋~年末の出来事を話しました。
主人は一通り聞いてくれて「ガンガンやりたい人はやればいい。宗教は人に強制するもんじゃない。アズラは、自分が思うようにやれば、それでいいんじゃないか」と言ってくれました。

少し落ち着いたものの、また1月もヤングの会合を開催しなければいけないのだろうか…と思い始めていました。もうやりたくない、それが正直な気持ちでした。そう思っていたところ、1月は総区で開催する、とのこと。支部で開催日程を決めて…という私の作業はないことが分かりホッとしました。

その頃、久々に支部婦から電話があり、「またかけ直します」という留守電が続いたあと、メールがきました。 「直接お伝えしたかったのですが(略)本部婦人部長より連絡があり、○日の総区で行われる会合をもって、ヤング卒業ということになりました。」

あぁ、やっと終わった。
そう思いました。これで毎月「今月も開催しないといけない」という義務感から解放されるのです。

○日の総区の会合は、主人が出勤前の時間であり、欠席することを伝えると、「欠席届」が必要だと言われました。
1年前、「副ヤング長」に就任(というのでしょうか)する際の会合は、幼稚園の行事で欠席すると伝えたところ、この時、初めて「欠席届」を書くように言われ、その存在を知りました。

役職につくものが大きな会合に欠席する際は、あらかじめ提出する必要がある、とのこと。それは、白い便せんに白い封筒で、書式も決められていました。
「池田先生にお出しするつもりで書くように」とのことです。こんな底辺の欠席届を全て見るとでも?なぜわざわざ白い便せんに封筒で?親族に礼状を書くために、ちょっと小洒落た便せんと封筒はありましたが、真っ白な便せんなど、退職届を書いてから使った記憶もありません。面倒ながら100円ショップで購入して書きました。

またそれを書くのですが、今回の理由は、未入会の主人が在宅しているから、です。そのままの理由を書くのでしょうか?と尋ねれば、それでいいと思います、と。
形式はしっかりしているのに、中に書く内容は「未入会の主人が在宅時間のため」です。いちいち書面として書くことなのでしょうか?こんな所だけ形式張っていることに、違和感がありました。

その後、資料等をポスト投函してもらった際に入っていた手紙で、同じく支部のヤングだった、Aさん、Bさんも、同じくヤング卒業となりました、とありました。

この、ヤングって…なんだったんでしょう?
私自身が、ヤング卒業と知った時、AさんとBさんはどうなるんだろう?この支部のヤングってどうなるんだろう?誰が「長」をやるんだろう?と思っていました。
こうなると、「長」をやる人もいないし、みんな卒業ってことで…という雰囲気を感じます。

誰に聞いても、「ヤング」の明確な返答がないのですが、どうなのでしょう?「小さい子がいる主婦」としか聞きません。Aさんは、一番したのお子さんが幼稚園(だったはず)。Bさんは、上は小学生、下は2歳位。私の子供は幼稚園。それぞれバラバラな状況ながら、一斉に卒業です。卒業の基準が分かりません。
例えば、子供が0~4歳まで、とか、ヤングは基本3年間とか、そういう明確な基準というものはないのでしょうか?その地域の幹部の思惑で決まるものなのでしょうか?
…まあ、今となっては、どうでもいいのですが。

新年から、義務的な会合がなくなり、ストレスが無くなりました。日程を考えることもなく、プリントを用意することもありません。会合の連絡をすることも、家庭訪問をすることもなくなりました。

在宅の仕事も、大変ではあったものの、以前、仕事をしていた仲間の紹介であり、気心知れた人だったので、普通の会話が楽しく感じられました。
ヤングを卒業し、地域のグループ長も断りました。
ストレスで子供に八つ当たりすることもなくなったのです。






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# by awake_2014 | 2014-12-09 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)
2013年、年末になり、地区婦人部長が家庭訪問に来ました。
かなりイラついていた私は、その時に思っていたことを言うようにしました。
地区婦人部長は「グループ長の話、私が推薦したんだけど、やらないの?」と言ってきました。あなたが推したのか…。年明けから、娘が登園している時間を利用して、在宅の仕事をするつもりだ、時間的に難しい、と伝えました。

すると開口一番、こう言ったのです。

「働く時間あるなら、活動しなよっ!」

耳を疑う言葉。
続けて「働くのって、逃げだよね」
さらに、「私は子供いないから分からないけど、そんなに大変なの?」「ご主人が働いて欲しいとか言うの?」

質問攻め。地区婦人部長は、子供がいない専業主婦でバリ活だから、分からないのでしょう。
「子供いれば分かりますよ。幼稚園に毎月3万以上払って、食べさせて、服買って、本やオモチャ買って、遊びに連れて行って。」と嫌みたらしく言ってみたものの「ふーん」と言う顔。
よく聖教新聞紙上では「幹部は相手の立場になって…」と書かれていますが、ちっとも立場になんて立っていないし、立とうともしない。

立ち話で、あれこれ言われ、私も以前から思っていた組織のおかしいところ(なぜ財務は1口1万円なのか、収支報告が無いのか、人がいないのに役職ばかり作るのか、等々)を話したところ「私も疑問に感じるところはあるけどねぇ…」とのこと。活動については、あれこれ勇ましく話すのに、こういうところは、適当な返事で終わりました。

あまりに長い玄関先の話で、部屋で待っていた子供も出てきて、話は終了。しかし、私の心の中は、むしゃくしゃして苛立ちが押さえられないままでした。
その日の夜、冷静になり、色々と考え、パソコンに向かって、メールを打ちました。何度も手直しを加え、地区婦人部長にメールを送信しました。

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お話をした際に、「働くのって逃げだと思う」とおっしゃってましたが、私はそれはおかしいと思います。「私は子供がいないから分からないけど」とおっしゃってましたが、まさにその通りだと思います。確かに「逃げ」があるとも思います。でも働く=逃げ、となるのは、おかしいと思います。

「逃げ」というのは、活動家の方からして、一緒に動く仲間が減るから、という考えではないでしょうか?

「働く時間があるなら活動しなよ」とおっしゃってましたが、活動すれば福運は貯まると思いますが、福運では食べていけません。福運だけでは子供を進学させられません。

(略)

私は、僧侶でも幹部もありませんし、「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」だと思います。
人生、生活を犠牲にしてまで活動するのは、私は違うと思います。

勿論、これは個人の価値観であり、全てを費やすのだ、という人がいるのも、その人自身が思うなら、やっていけばいいと思います。
しかしながら、その価値観を押し付けるのは、おかしいと思うのです。

(略:周囲に学会宣言するつもりはない。選挙依頼をするつもりもない。私が創価と知らない友人が語った非常識な創価の話。等々)

今月、座談会の入場券を届けて頂いた時に、「夜の会合だけど、旦那さんに嘘ついて30分だけでも出られないかな?私を悪者にしていいから」ってメモが入ってましたが、正直なところ、嫌悪感がありました。
家族の食事や面倒を見る時間帯に家を出ること、主人が仕事であったとしても、娘を寝かせるための準備を始める時間に連れ出すこと、は、私はやりたくありません。

(略:役職は引き受けられない。組織の体制、役職についても疑問に思う点が多々ある)
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メールをまとめるにあたり、自分で気がついたのは、メールにも書いたコレでした。

「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」。

自分の家庭、生活、余暇、そういったものを犠牲にしてまで、私は活動したくない。そう思ったのです。
バリ活の人は空き時間が全て会合。習いごとをしているなんていう話は聞いたことがなく。そんな時間があれば会合、活動。そんなお金があるなら財務。読むのは聖教新聞か、人間革命。だから、話題がそれしかない…。

だから、話していても、薄っぺらい。仕事をしている時は、感じたことがありませんでした。皆、仕事以外で何らかの趣味があり、休日はこう過ごしている、こういう趣味がある、という話になり、残業の合間や仕事帰りの居酒屋トークは、とても楽しいものでした。

必死にまとめ上げたメールの返事は

「ありがとう(絵文字)色々と嫌な思いさせてたんだね(絵文字)題目あげます。またゆっくり読ませて頂きます。」

というもの。これだけ。
その後も、内容について、これは違うよ、こうなんだよ、という反論は一切ありませんでした。
「働くなら活動しなよ!」と勇ましく説教じみたことを言う割に、こういったことに対して、何も反論がなかったのです。





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# by awake_2014 | 2014-12-08 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(2)