3-3.覚醒後の生活・1

2014年春。
もう非礼な地区婦云々…ではない。色々調べると、創価という組織に不信感が芽生え、大きくなりました。
活動はしたくない。覚醒の道を進もう。
そう決めました。
(既に会合も出ていませんでしたし、まともに勤行もしていませんでしたが)

そこで、毎月連絡をくださるグループ長に短い手紙を書きました。
このグループ長は、80代のお婆ちゃまです。(携帯を持っていません。なので、メールでなく、手紙、です。)
私が2013年の年末、地区婦が推薦し、支部婦がプッシュしてきたグループ長。私が断ると、他に人がおらず、このお婆ちゃましかいなかったのです。

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今年から在宅の仕事を始めた。それをきっかけに地区婦から色々と言われて傷ついた。
以前から創価の活動に疑問があり、改めて考えるきっかけにもなった。
色々と考え、現状、会合に参加したり、活動する気持ちにはなれない。
主人もこの件に関して不信が強まっているので、訪問もやめてほしい。
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正直なことではありつつ、少し心が痛みました。
数日後、手紙がポストにありました。

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ただただ驚いている。
お二人(地区婦と私)のことを思うと悲しい。
長いこと、悩まれていたことが分かった。
私にはお題目を送ることしか出来ない。
今後は、焦らずゆっくり考えていかれればいいと思う。
グループ長という立場なので、会合の連絡だけは事情を理解してやらせてほしい。
どうぞご主人を大切に。
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当たり前ですが、どこでも常識のある人、ない人、がいます。
私が否定する内容を書いたにもかかわらず、心配し、配慮し、気配りをしてくださる。
私は素直に尊敬しました。
人として、こういう気持ちを持ちたい、と。

そして、新たな白ゆり長にも、同じような内容をメールで送りました。
白ゆり長も、グループ長と同じような返答でした。

以後、訪問はなく、何かあるとポストに手紙が入るだけ、となりました。

そして、地区婦からの連絡は一切ありません。
私が非活動になり、会いたくないのか、放置状態なのか。
ヤングの時、支部婦が言っていた言葉を思い出しました。

「相手が嫌ったり、離れていくなら、それまでなのよ。」

信じる者同士が仲良くやっていく…そんな組織に発展があるのでしょうか?

地区婦人部長、グループ長、白ゆり長。地域の婦人部に非活宣言をしましたが、他の方からも何もアクションはありませんでした。
2013年の終わりに、私をグループ長にしようと、メールや電話をしてきた新たな支部婦人部長も、「ヤング卒業」の連絡以降、2014年の最初を過ぎてから1年間、全く何もありません。訪問はもちろん、メール、電話、手紙も、です。
さらに、ヤングで副だった頃、あれこれ指導していた本部婦人部長(前・支部婦人部長)もです。

会合に出ない。
そう言ったことで、「どうしたの?」「また出てきて」ぐらいの連絡があるかと思いきや、全くありませんでした。
何かアクションが起きるかもしれないぞ、と心構えを持っていたのですが、必要有りませんでした。





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# by awake_2014 | 2014-12-13 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(0)

3-2.「覚醒」の確信

地区婦との一件があり、ネットで検索すると、同じように、学会2世、3世として育ってきたが、創価に疑問がある、おかしい、家族が崩壊した、脱会したい、等々、思いを訴える方が多いことに気づきました。

私だけじゃ無かったんだ…。

身近にこのような疑問を話す相手がいませんでした。
創価の人に話しても、ああ言えばこう言う…のループです。「創価は正義」「先生は正しい」「組織から離れちゃいけない」…。
だから話しませんでした。

しかし、ネットでは、皆さん、自分の正直な考えを書いています。
よく創価では、週刊誌はデマばかり、と言います。確かにそういった部分もあるかと思います。

でも、個人の思いは、利権もしがらみもありません。
ただ、思いを伝えたいだけ。

覚醒してからのこと、家族とのこと、皆さん、色々な想いを綴られていました。
そんな中、拝見していたブログにあった言葉…

「組織でいわれているような「仏罰」は、ありません。」

私は、この言葉に背中を押されました。

創価に疑問を感じていたものの、産まれた時からの刷り込みというか、マインドコントロールというか…によって、「創価に背を向けたら大変な罰が当たる」という意識が心に焼き付いていたのです。

しかし、冷静に考えれば、子供の頃も、必死に、勤行唱題をしていた子ではなかった。
大人になってからは、疑問を感じ始め、仕事中心でやってきた。
確かに病気もした。手術も経験した。でも普通に生きているじゃないか。

そう思いました。
しかしながら、このマインドコントロールは厄介で、過去に言われたことが邪魔をするのです。

「あなたがやっていなくても、お母様が祈っているから、大事に至ってないのよ。」

何か問題があれば、今乗り越えるのが使命だと言われ、
良い結果が出れば、祈りきったからだ、これからも!と言われ、
悪い結果が出れば、まだまだ祈りが足りないのだと言われ。
特に祈ってないといえば、母が祈ってくれているからだ、と言われ。

無限ループです。

そして、「功徳も罰も、三世に渡る」とも言われました。
自分が頑張って得た功徳は、子供や孫にも繋がるものだと。
逆も又然り。罰も孫まで繋がるのだと。

冷静に思えば、恐ろしい話です。
やめたら罰が当たり、それは孫の代まで続く、というのです。

しかし私は、気持ちを固めました。
ここでしっかり覚醒しなくては、と思いました。
子供のためにも、です。

私は産まれた頃から創価で、「子供の頃」にも書いたように、会合に連れ出されました。
夜の会合に行き、21時頃帰宅することに疑問を感じませんでした。

しかしながら、母となった今、18時に夕飯を共に食べ、20時に入浴し、21時に布団に入る生活をするようになりました。
あの頃の私は、おかしかったのではないか、と。
修学旅行で、神社仏閣に行けば、邪宗だから罰が当たる…と思い、満足に見学もせず、歴史を敬う心などありませんでした。

我が子にそんな思いはさせたくありません。
信仰を持つとしても、自分の意志で決めて欲しい、と思います。






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# by awake_2014 | 2014-12-12 00:00 | 3.覚醒後 | Comments(4)