2013年、年末になり、地区婦人部長が家庭訪問に来ました。
かなりイラついていた私は、その時に思っていたことを言うようにしました。
地区婦人部長は「グループ長の話、私が推薦したんだけど、やらないの?」と言ってきました。あなたが推したのか…。年明けから、娘が登園している時間を利用して、在宅の仕事をするつもりだ、時間的に難しい、と伝えました。

すると開口一番、こう言ったのです。

「働く時間あるなら、活動しなよっ!」

耳を疑う言葉。
続けて「働くのって、逃げだよね」
さらに、「私は子供いないから分からないけど、そんなに大変なの?」「ご主人が働いて欲しいとか言うの?」

質問攻め。地区婦人部長は、子供がいない専業主婦でバリ活だから、分からないのでしょう。
「子供いれば分かりますよ。幼稚園に毎月3万以上払って、食べさせて、服買って、本やオモチャ買って、遊びに連れて行って。」と嫌みたらしく言ってみたものの「ふーん」と言う顔。
よく聖教新聞紙上では「幹部は相手の立場になって…」と書かれていますが、ちっとも立場になんて立っていないし、立とうともしない。

立ち話で、あれこれ言われ、私も以前から思っていた組織のおかしいところ(なぜ財務は1口1万円なのか、収支報告が無いのか、人がいないのに役職ばかり作るのか、等々)を話したところ「私も疑問に感じるところはあるけどねぇ…」とのこと。活動については、あれこれ勇ましく話すのに、こういうところは、適当な返事で終わりました。

あまりに長い玄関先の話で、部屋で待っていた子供も出てきて、話は終了。しかし、私の心の中は、むしゃくしゃして苛立ちが押さえられないままでした。
その日の夜、冷静になり、色々と考え、パソコンに向かって、メールを打ちました。何度も手直しを加え、地区婦人部長にメールを送信しました。

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お話をした際に、「働くのって逃げだと思う」とおっしゃってましたが、私はそれはおかしいと思います。「私は子供がいないから分からないけど」とおっしゃってましたが、まさにその通りだと思います。確かに「逃げ」があるとも思います。でも働く=逃げ、となるのは、おかしいと思います。

「逃げ」というのは、活動家の方からして、一緒に動く仲間が減るから、という考えではないでしょうか?

「働く時間があるなら活動しなよ」とおっしゃってましたが、活動すれば福運は貯まると思いますが、福運では食べていけません。福運だけでは子供を進学させられません。

(略)

私は、僧侶でも幹部もありませんし、「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」だと思います。
人生、生活を犠牲にしてまで活動するのは、私は違うと思います。

勿論、これは個人の価値観であり、全てを費やすのだ、という人がいるのも、その人自身が思うなら、やっていけばいいと思います。
しかしながら、その価値観を押し付けるのは、おかしいと思うのです。

(略:周囲に学会宣言するつもりはない。選挙依頼をするつもりもない。私が創価と知らない友人が語った非常識な創価の話。等々)

今月、座談会の入場券を届けて頂いた時に、「夜の会合だけど、旦那さんに嘘ついて30分だけでも出られないかな?私を悪者にしていいから」ってメモが入ってましたが、正直なところ、嫌悪感がありました。
家族の食事や面倒を見る時間帯に家を出ること、主人が仕事であったとしても、娘を寝かせるための準備を始める時間に連れ出すこと、は、私はやりたくありません。

(略:役職は引き受けられない。組織の体制、役職についても疑問に思う点が多々ある)
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メールをまとめるにあたり、自分で気がついたのは、メールにも書いたコレでした。

「宗教のための人生」ではなく、「人生のための宗教」。

自分の家庭、生活、余暇、そういったものを犠牲にしてまで、私は活動したくない。そう思ったのです。
バリ活の人は空き時間が全て会合。習いごとをしているなんていう話は聞いたことがなく。そんな時間があれば会合、活動。そんなお金があるなら財務。読むのは聖教新聞か、人間革命。だから、話題がそれしかない…。

だから、話していても、薄っぺらい。仕事をしている時は、感じたことがありませんでした。皆、仕事以外で何らかの趣味があり、休日はこう過ごしている、こういう趣味がある、という話になり、残業の合間や仕事帰りの居酒屋トークは、とても楽しいものでした。

必死にまとめ上げたメールの返事は

「ありがとう(絵文字)色々と嫌な思いさせてたんだね(絵文字)題目あげます。またゆっくり読ませて頂きます。」

というもの。これだけ。
その後も、内容について、これは違うよ、こうなんだよ、という反論は一切ありませんでした。
「働くなら活動しなよ!」と勇ましく説教じみたことを言う割に、こういったことに対して、何も反論がなかったのです。





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# by awake_2014 | 2014-12-08 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(2)
支部婦人部長が新しくなったと同時に、地区婦人部長も新しくなりました。この1年、同じグループとして、月1の会合で共にしていた白ゆり長だった人です。

明るく面倒見のいい人ですが、時折行き過ぎる行為であると感じることも多々ありました。月1のグループの会合で顔を合わせた仲ですが、私からすれば友人、親しい仲、ではなく、あくまで「婦人部の人」です。

しつこいグループ長の依頼でイライラしていた頃、書類や会合の入場券がポストに入っており、メモ書きに「今年最後の座談会、夜だけど嘘ついて少し出られないかな?」と書かれていました。

なぜ家族に嘘をついてまで参加しないといけないのだろう?嘘をついて参加して、「嘘ついて出てきました」と発言したら、きっと「出られて良かったわね」とか言うんだろうか。家族に嘘をついて参加して功徳が得られるとでも?

地区婦人部長になったからなのか、この頃から「私を悪者にしていいから、嘘ついて出られない?」とよく言うようになりました。そこまでして会合に出席させようとするのは、何なのだろう?本人に聞けば、きっと「あなたのため」「良い話が聞ける」「活動を頑張りたくなる」と言うだろう。果たしてそうだろうか?

というか、私に参加したいという意欲があれば、そんなことを言われなくても、主人が仕事でいない時間に参加しています。参加しないのは、そこまでの気持ちがないからなのです。

そして、全て「あなたのため」と言うのです。
そうではないでしょう。なかなか会合に出てこない人を連れ出したという結果が欲しい「自分のため」では?

この頃の私は、あとから思うとイライラしていました。意味を感じないヤングの活動、人がいないからまわってくるグループ長の話、嘘をついてまで出させようとする会合。
イライラして、夫や娘に当たってしまったことがあるように思います。非常に申し訳なかったと思います。この数ヶ月、ホルモンバランスの乱れなのか、生理前になると、イライラが増していました。ちょうどその時期と重なったこともありましたが、あとから思うと、本当にイライラがひどかったように思います。






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# by awake_2014 | 2014-12-07 00:00 | 2.覚醒へ | Comments(0)