1-4.結婚

20代の終わりに知り合った彼。3年ほど付き合って結婚することになりました。
恋愛時代に、私が創価学会だということは伝えていました。でも、さほど熱心でも無いのだ、とも。

ただ、両親は熱心。恋愛ならまだしも、結婚となったら、どうなるか?と思っていました。
彼が私の家に挨拶に来た時、父は結婚の条件として、御本尊様を安置すること、と言いました。それがOKなら、結婚もOKだと。その場ではすんなり受け入れた主人でしたが、後に「それが条件ってことにビックリした」と。そりゃそうです。それが普通の感覚です。私ですら内心、びっくりしました。

結婚前には、仏壇を買うように、とお金をくれました。しかし、部屋に仏壇をどっしり置く場所もなく、布団を敷く寝室しかないので、既にあるタンスの上に置く、小さな仏壇を購入しました。父は、そんな小さいやつなのか…と不満そうでしたが。母は、未入会の彼がOKしてくれるのだから…と好意的でした。

両親の思いとは逆に、私は、今の主人と結婚したことで、ホッとしていました。
勤行唱題をやりなさいよ、と言われる環境から逃れられるから。してもしなくても、誰にも何も言われない環境になるから。







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# by awake_2014 | 2014-12-04 00:00 | 1.子供の頃~婦人部 | Comments(0)
就職は、大学からの紹介?推薦?で、いきなり役員面接をして、すぐに入社が決まりました。あとから思えば、建設会社なので、会館建築に恩義を得たいわけで、新入社員一人いれるぐらい、たいしたことではないのです。

選挙になれば、選挙活動一色。「電話を」「訪問を」と言われるものの、もし自分が相手の立場だったら?と思うと、あまりお願いする気になれませんでした。
週に2,3度、Fはどう?と聞かれるのが苦痛でした。選挙の前になれば毎日。前日、当日と自分がお願いした人が行ったかどうか報告しろ。何でそこまでやる必要があるのだろう?せめて当日は、結果を待てばいいのでは?とずっと思っていました。

会社では2年目から希望の部署に配属されました。同期も多く、新たなシステムを導入する時期でもあり、残業して遅くまで仕事をしました。終電帰りもありましたが、それが苦痛には感じられませんでした。

しかし、苦痛だったのは、それでもやってくる女子部。いつだったか、仕事が毎日遅く会えないからと、夜の10時前に家庭訪問に来て、さすがに「非常識じゃ無いですか」と伝ると、後日、謝罪の手紙が入っていましたが、これをきっかけに、ますます嫌になりました。

ある幹部は「祈って時間は作るのよ。祈れば会合に出る時間も作れるのよ。」とか言ってきましたが…はぁ?私の仕事、今、そんな簡単にまとまらないんですけど。週末だって出てる人がいるんですけど。トンチンカンすぎて、さらに嫌悪感が増していきました。

それでも、選挙になれば、公明党を応援しなければいけない、という子供の頃からの環境もあり、母も何かと言うので、とりあえず友人に話してみることもありました。しかし、反応は良くありません。その度に、落ち込みました。10代の頃、創価の話したことで友達が離れた苦い経験を思い出したのです。

私は学会員、と言わなかった為、選挙になると、私を学会員と知らない知人友人から、色々なことを言われました。
「この前さぁ、中学の同級生から突然電話きて。卒業してから音信不通だったのにね。で、いきなり「公明党をね~」だって。創価学会なの?って聞いたら、「そうなんだ~」って。中学の時だって、別に仲良かったわけじゃないし、何年も音信不通で、いきなり「公明党」とか言われて、入れるわけないじゃん。面倒だから「分かった~頑張ってね~」って言っておいたけどさ。そしたら、それで終わり。「ありがと~!今度会おうよ!」だって。会うわけないじゃん。」
みたいな話です。一人ではありません。何人からも同じようなことを言われました。

それでも電話をした人は、「やった!久しぶりの友人に勇気を出して電話したら、Fがとれた!」と歓喜しているんでしょうね…。
そして、選挙が終わると、結果だけに一喜一憂し、その後の政治活動は把握せず…。
それでも「友人へ正義を広めることで、自身が成長する!」なんて、指導し、指導されて…。
選挙の度に私の嫌悪感は強くなりました。





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# by awake_2014 | 2014-12-03 00:00 | 1.子供の頃~婦人部 | Comments(0)